2010年2月10日
竜馬の妻・お竜さんのお墓参り
2/9
朝9時半に家を出て車で新宿へ。「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんと、新宿西口のスバルビル前で待ち合わせ。
今日は神奈川県横須賀市にある、龍馬の妻・お竜さんのお墓へお墓参りに行くのだ。
お竜さんには「別冊漫画ゴラク」で連載中の『龍のおんな』で、勝手に主人公になっていただいているが、年末から年明けにかけてコミックス1、2巻が出たし、全3巻の予定で連載中の物語もいよいよ佳境に入ってきたこともあり、T橋さんと去年から「一度、ぜひお墓参りに行きましょう」と約束をしていたのだ。
ナビに案内されながら第三京浜→横浜横須賀道路と乗り継いで新宿からおよそ1時間半、お竜さんが眠る、神奈川県横須賀市大津町にある信楽寺(しんぎょうじ)に到着した。
狭い住宅街の路地の奥、小高い山がそのままお寺になっている。平日でもあり、ひっそりとして境内にはぼくら以外、誰もいなかった。
山門脇に建てられている説明看板。
本堂脇を左へ入った奥の小高い場所に立っているお竜さんのお墓。建立当時は山門を入ってすぐの右脇に建てられていたというが、平成10年にお寺が改修された際に現在の場所に移されたのだとか。墓碑銘は「贈正四位
墓前には龍馬ビールや、西郷と龍馬らしきフィギュアなども置かれていた。ぼくらも持参したコミックスとお花とお線香を供えてお祈りする。
事前に打ち合わせをしていたわけではないのに、ぼくは行きがけにお花を買ってきており、T橋さんは線香を買ってきていた。不思議!
以下、資料本からの要約。お竜が亡くなったのは明治39年(1906年)1月15日。だけどその晩年は不遇だったそうで、死後8年間はお墓もなかった。それが、高知の坂本龍馬の同輩・香川敬三などの寄付により、大正3年(1914年)8月16日にようやくこの墓碑が立った。建立者の名前としては、お竜の実妹・光枝の名が刻まれている。
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投稿者 黒沢哲哉 : 00:08 | コメント (0) | トラックバック
2010年2月 7日
締め切り連チャンと真夜中の雪景色ドライブなど
1/17-19
今週はずっと「別冊漫画ゴラク」の『龍のおんな』第17話原作第1稿を執筆中。
1/20
手塚治虫公式サイトの連載コラム『虫さんぽ』第8回の取材。今回の目的地は練馬区富士見台の虫プロダクション界隈を散歩する。
朝8時半に現地に到着しなければいけないため、今回も前の晩から車で行ってコインパーキングで車中泊。
朝の取材を無事に終えて、午後からは案内をしてくださる元虫プロの作家さんや、手塚プロ担当編集I藤さんらと合流。無事に取材を終えた。
取材の中味については、このエントリーの一番下に掲載した外部リンク、手塚治虫公式サイト内の「虫さんぽ」でお読みください。
1/22-23
『龍のおんな』原作執筆を再開。
そして23日、まだ終わらないのだが、今日はどうしても夕方までに仕事をまとめなくちゃならないのだ。
と言ってたら何とか間に合って、すぐに外出のしたくをする。今日は柴又商店街の中の小さなレストランで、小学校時代の仲間とプチ同窓会があるのだ。およそ2年前の2007年11月に大きな同窓会がおよそ38年ぶりに開かれて、そのときは先生も招いて盛大にやったんだけど、今回は一部の人でこじんまりとやる、まぁ早い話が幼なじみの飲み会です(笑)。
集まったのは30人くらい。2年前の同窓会でホントに超久しぶりに再会した人も今回いっぱい出席していて、もう昔話はその時にしちゃったし、何を話そう......などと思っていたら、まあ、幼なじみというのは、何だかんだでくだらない話をしていれば間が持つもんですな(笑)。結局、二次会にも参加して帰宅したのは2時過ぎだった。
驚いたのは、この年になってつい1年前に結婚した人がひとり、近々結婚する人がひとり、もうじき結婚しそうな人がひとりいたこと。この歳になってみんな何が起こったんだ!?
1/24-25
小学館の学習図鑑の改訂原稿第2稿を執筆。メールで編集部へ送る。
1/25
電車で新宿都庁前へ。藤子プロで、先日お送りした資料に関して打ち合わせ。
午後、「別冊漫画ゴラク」副編集長のT橋さんに電話をし、週末にメールで送っておいた『龍のおんな』第17話の結果を聞くと、第1稿でOKとのこと。ムヒー、またひとつ仕事が終わった。しかし今月はまだ締め切りが残っているのだ。背筋がゾクゾクしてくるなぁ。
1/26
先日取材した『虫さんぽ』第8回の原稿を執筆。何とか1日で完成して編集部へ送るも、こちらは取材に協力してくださった方々にも読んでいただかなければならない。
手塚プロのI藤さんはかなり焦っておられる様子だ。しかし協力していただいたおひとりの方はメールもファックスもないというので、手塚プロからバイク便で原稿を届けてもらう。
その後、電話で返事をいただき、何とか間に合った。ふー。
1/26-28
ミリオン出版の新雑誌『ザ・タブー』の原稿を執筆。こちらも2日で終わらせる予定が3日かかってしまったが、何とか第1稿でOKとなった。しかし今月はまだ締め切りがあるのだーっ!!
1/29
小学館の学習図鑑の改訂原稿第2稿の続きを執筆。
1/30
午後まで前日の仕事の続きをやり、夕方、電車で池袋へ。今日は学生時代のワセダミステリクラブで同期だった友人が、ちょうど1年前に負った怪我がやっと治ったため、その快気祝いが行なわれたのだ。集まったのはミステリクラブ時代の同期や後輩などの仲間15人。気のおけない仲間との会話はいつでも楽しいものですね。ただし家に仕事を残していなければ!
2/1
夕方から急に冷え込み、ニュースでは今夜は雪とのこと。しかしちょっと外出する予定があったので、ついでに車でひと回りしてきた。最初のうちは大粒の雪がジャンジャン降っていても一向に積もる気配はなかったのだが、11時を過ぎたころから急に積もり出して、みるみるあたりは一面の雪景色となってしまった。東京で見る久々の雪景色はいいもんですね。
ただし翌朝起きたらもうほとんど雪は融けていて、何ともあっけない冬化粧ではありました。
今年初めてスタッドレスが活躍した(笑)。
雪は何気ない夜景も幻想的に変えてしまいます。
1/31-2/3
雑誌「G-Diary」のコラム『あの日の僕に帰りたい』第36回の原稿を執筆。例によって今回も、書きたいことが多すぎて内容の整理に手間取り、予定より1日遅れての完成となった。しかしこれでようやく1月中の締め切りが全部完了。え、もう2月だって!? 気にしないキニシナイ(笑)。
2/1
手塚治虫公式サイトの連載コラム『虫さんぽ』第8回が公開されました。無料で読めますので、下記リンクからぜひお立ち寄りください。
今回のテーマは『石津嵐さんと虫プロ界隈を歩く!』です。

参考リンク:
手塚治虫公式サイト
虫さんぽ第8回「練馬区富士見台・虫プロ界隈を石津嵐さんと歩く!!」の巻
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投稿者 黒沢哲哉 : 17:39 | コメント (0) | トラックバック
2010年1月17日
休みたい休みたい休み(ry
明けましておめでとうございます。って......うわ~~もう鏡開きも終わってとっくに下旬だよ~~~。ということで、あいかわらずマイペースで申し訳ない。どうか今年もよろしくお願いいたします。
今年の年賀状は[こちら]で公開中でございます。
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1/1
今年は年末からず~~~っと仕事が途切れないため、おせち料理も作らず鏡餅も飾らず、年越しで仕事をしてました。しくしくしく......。
と、昼過ぎ、我が家に来訪者が。近所の美人姉妹が年始のあいさつにやってきたのだ。って、実はお年玉をもらいに来たんだけどね(笑)。ということで、一緒にお雑煮を食べ(これだけは年末に材料を用意してあった)て、しばしお正月気分を味わう。
それと、やっぱり元旦は初詣にもいかなくちゃ。ということで、午後からぶらりと帝釈天へ。裏道を通って行ったのに、今年は天気がいいからか、去年の2倍くらいの混雑に感じられた。
帝釈天はごらんの混雑。でも、人ごみをかきわけて、しっかり単行本のヒット祈願をしてきましたよ。もちろん健康とかその他モロモロも。けど、財布の中を探ったら500円玉がなかったので今年は50円玉でカンベン!! 成就したら500円持ってくるから!!
帰宅後はすぐに倉庫にこもって、雑誌「G-Diary」のコラムに掲載する資料探しを行なう。
1/1~1/5
年末中にまとめるつもりだった小学館の学習まんがの原作が、年を越してしまい、あわてて執筆に集中。
1/3
手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』第8回が公開されました。下記の手塚治虫公式サイトで無料で読めますので、お時間がありましたらぜひご覧くださいね!

手塚治虫公式サイト『手塚治虫.net』
※新しいウィンドウが1枚だけ開きます。
1/4
原作の仕事を中断し、雑誌「G-Diary」の連載コラム『あの日の僕に帰りたい』第35回の原稿を執筆。資料は元旦に揃えてあったから、あとは書くだけなんだけど、書きたいことが山ほどあって分量内に納まりきらず、内容をかなり削らざるを得なかったのが惜しい。また切り口を変えて別の場所に書くかなぁ。
1/5-1/6
昨年秋に某プロダクションから依頼されていた昔の取材記録の再整理を行なう。10年以上前に取材した際に録音した録音テープを聞こうと思ったら、我が家にはすでにカセットテープレコーダーがないことが判明。友人からラジカセを借りての作業となった。他のテープも今のうちにデジタル化しておかないといけないかなー。
と、思いつつそういうコトってやらないんだよねー。どうしても。
パソコンのMOドライブも、Windows3.1の時代のハードだから、すでに今のOSに対応してないので読み出せないし、MS-DOS時代のフロッピーディスクも何百枚もあるけど、すでにドライブが故障したままだし。
1/7
高砂駅前の喫茶店白十字で、小学館F田さんと、今年最初の打ち合わせ。先日メールで送っておいた小学館の学習まんがの原作第1稿の打ち合わせ。細かい部分での修正を依頼される。
1/8-1/9
小学館の学習まんがの改訂第2稿を執筆。夜、完成した原稿をF田さん宛てにメールで送る。
1/11
小学館F田さんから電話があり、第2稿でOKとのこと。これで年末からの懸案だった原稿がまたひとつ終わった。ふー。
11-13
小学館の学習図鑑の原稿を執筆。予定では13日までに全部書き上げるつもりが、あと1見開きが終わらず、時間切れ。ヒー。どうしよう。どこでその時間を割けばいいのか......。
1/14
明日の打ち合わせのための資料を読む。しかし、書き残してしまった昨日の学習図鑑の原稿が気になって身が入らない。どっちつかずで不安だけがつのっていく。
1/15
14:00、電車で高田馬場へ。手塚プロで、プロデューサーのI藤さんと、手塚治虫公式サイトのコラム『虫さんぽ』の次回打ち合わせ。
17:30、電車で新宿へ移動。次の打ち合わせまで少し時間があったので、去年行った東口のウェンディーズの跡地を見に行った。
看板が真っ白になって、シャッターにはそっけないあいさつ文の書かれた紙が貼ってあった。
店の前で、そのあいさつ文を読むおじさんの姿とシャッターの落書きがわびしい。あー、これでもう本当にあのチリは食べられなくなってしまったんだなぁ。
18:00、中村屋地下の喫茶店マ・シェーズで、ミリオン出版編集長T根氏と待ち合わせ。同社の新雑誌『ザ・タブー』創刊第2号の原作のための企画打ち合わせ&取材を行なう。以前のA5判変形サイズだった『ナックルズ撃』が、昨年末に判型をAB判に変え、世の中のタブーをあばくマンガに特化した雑誌になった。リーマンショック以後、それまで絶好調だった実話マンガ誌も一時の勢いはなくなってしまったというが、それでもまだ絶不調の他誌よりは救われている状況だという。ここはひとつ、何とかそこからまた脱け出して、かつての10万部雑誌に復活してもらいたいものである。ぼくの印税のためにもぜひ(笑)!!
1/16
朝起きてすぐに「別冊漫画ゴラク」の『龍のおんな』第17話の原作を執筆中......。
と、昼過ぎ、いきなり我が家のドアをたたく音が。室内から「誰ですか?」と言うと「Kです!」という野太い男性の声が。さては知人を装ってドアを開けさせる魂胆の新聞勧誘だなっ!! と思ったら、そうではなくて、高校時代の友人のKくんだった(笑)。Kくんは、今日は休みでバイクで近くを通ったから寄ってみたのだという。Kくんには、つい先日書き上げたG-Diaryの原稿の取材で、昨年久々にお会いして世話になっていて、やっとその原稿を書き上げたところだったので、雑誌が出た段階でこちらからも連絡をするつもりだったんだけどね。ということで、仕事を中断してジョナサンへ行き、しばし歓談。Kは相変わらずバイクと車を趣味としてエンジョイしているそうで、話を聞いているとぼくもどこかへ出かけたくなってワクワクしてくる。しかしここは目先の仕事が終わるまではガマンしないと。
ということで、1時間ほど話をして別れ、ぼくは再び仕事へ戻りましたとさ。シクシクシク。
ところで、黒沢はこんなに仕事ばかりしててよっぽど稼いでいるんだろうなぁ、と思ってらっしゃる皆さん! 確かに、ありがたいことにお仕事はいろいろな方面からたくさんいただいておりますが、昨今の出版不況の中で、雑誌の原稿料は下がり続け、本が売れないために印税も激減し、かといって仕事のクオリティを落とせるわけもなく、もうかれこれ3年以上ワーキングプア状態が続いております。現状維持がギリギリで、これ以上、原稿料が下がると、米も味噌も醤油も買えなくなってしまいます。何とかしてこの状況を打開できないものか。日々思案してるんですけどね~~~っ。
投稿者 黒沢哲哉 : 22:25 | コメント (2) | トラックバック
2009年12月31日
さらばウェンディーズ&チリ
地獄の年末進行と、52歳の誕生日、ウェンディーズ閉店、涙のラストチリなどなど。
12/11
ツィッター始めてみました。手塚プロのI藤さんとの打ち合わせの席で話題になって、「ぜひやってみてくださよ!」としきりに薦めるので、どんなものか試してみようかなと。このブログのトップページの右上にアイコン貼ってあります。けど、まだうまく使い方が分からず、あまりハマらなそうだなぁ(笑)。
12/15
小学館の学習図鑑の仕事が年末の仕事納めを控えて巻きに入ってきた。企業やプロダクションに電話をしまくり、企画書を送り、写真の借用をお願いする。
インターネットが普及している今ではほとんどの会社が写真をメールで送ってくれるが、会社によっては「こちらまで来て選んでください」とか「紙焼き写真を手渡ししますので取りに来てください」というところがあるのだ。
14:00、電車で麹町へ。A社で写真のセレクトをする。
16:00、電車で西新宿へ。B社で写真とイラスト原画をお借りする。
17:00、この日はあとは帰宅するだけなので、ある目的を果たすために、少し距離があるけど、徒歩で新宿南口をぐる~っと回って東口へと向かう。
向かった先は、そう! ハンバーガーショップウェンディーズである!!
つい先日、親会社のゼンショーがいきなり年内閉店を発表。ネットの掲示板に激震が走った。かくいうぼくもジャンクフードの中ではいちばん好きだったのにぃ。ウェンディーズのハンバーガーは、マックやロッテリアよりは若干値段が高いけどパティがジューシーで厚切りのトマトが美味しかったのだ。
そして、何といってもウェンディーズといえばチリ!! 挽き肉と豆をトマトソースで煮たものにスパイシーなホットチリソースをかけて食べるチリはウェンディーズの定番メニューだったのに、これがもう食べられなくなってしまうなんて(涙)(涙)(涙)。
まぁ、そう言いつつも最近はあまりウェンディーズにも立ち寄らなくなっていたんですけどね。
西新宿から歩くこと15分、新宿東口のウェンディーズに到着した。レジは3箇所開いていたが、それぞれに10人以上の行列が出来ていた。ただ店内の席は空席もたっぷりあって空いており、やはり駆け込み需要で急にお客が増えてレジがさばききれていないだけのようだ。ちょっぴり憐れみを誘う状態。
ということで待つこと数分。ウェンディーズチーズバーガーとチリを注文。久々に来たからメニューのシステムが変わっていて驚いた。今はトッピングのチーズとオニオンは選べなくなってしまったんですね。代わりにポテトにもかけられるチーズソースがあったのでそれをセレクトした。
んー、ひさびさに食べるこの味。確か昔はピーマンは入っていなかったと思うんだけど、今はみじん切りにしたピーマンも入っていた。あと豆は赤福豆だけでなくて大豆も使用している。
しかし味は昔と変わらずやっぱりこの味ですよ。さようならウェンディーズのチリ。
ちなみにうちのブログで、検索でもっともアクセスが多いページが、2年前に書いたウェンディーズ風のチリをおうちで作ってみたときのエントリー(下記)。こんなにウェンディーズのチリを愛している人がいるのにこの味をなくしてしまっていいのかああっ!?
2008年1月24日のエントリー:チリビーンズの作り方
※新しいウィンドウが1枚だけ開きます。
12/18
日本文芸社からコミックス『龍のおんな』第2巻が発売。我が家にも見本が届いた。
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先月の第1巻と今月の第2巻で2か月連続発売。これはもちろん、来年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』のヒットに期待しての戦略的発行である(笑)。
12/19
年末進行のあわただしさの中、52歳の誕生日を迎えた。
土曜日だったので、近所に住む幼なじみの美人姉妹が手作りのバースデーカードを持ってお祝いにかけつけてくれた。そこで一緒に近所のケーキ屋さんへケーキを買い出しに行き、お祝いをしてもらった。
買ったのは新柴又駅近くにある超人気のケーキ店ビスキュイのいちごたっぷりストロベリーデコレーションケーキ。ちょうどクリスマスが近いこともあって店内はお客さんでごった返していた。
しかしここのケーキは生クリームがふわっふわでスーッと鼻に抜ける香りが抜群に良く、一度食べると止まらなくなるおいしさなのだ。
ということで食べ始めたら猛然と食べ、このデコレーションケーキを3人であっという間に平らげてしまった。その後、ぼくはひとり寂しく仕事に戻りましたとさ。とんとかいも。
深夜12:00、誕生日にあまりガシガシ仕事をするのもアレな気がしてきたので、仕事を放棄して深夜のドライブへ。三郷から常磐道に乗ってあてもなく北上し、途中のパーキングエリアに立ち寄ったら、立ち木がライトアップされていてとてもきれいだった。うむ、こんな誕生日もなかなか良いものです。
12/21
な、何と年末のこの時期に狙いすましたようにプリンターが故障。そんなばかなー!! と思ってあれこれやってみても結局作動せず。大急ぎで近所のコジマへ行き、目に付いたプリンターを速攻で購入する。買ったのはエプソンの新製品、カラリオEP-302。
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スキャナーは単体で持っているから最近の多機能プリンターは必要なく、シンプルでそこそこの性能を持ったものを選んだらコレになった。本当はエプソンはインクが目詰まりしやすいという評判で、確かにしばらく使っていないとヘッドクリーニングばかりしていてインクがドンドン減っていく。
なので次はキヤノンを買ってみるつもりだったんだけど、すぐに使う必要があったので、各種設定に時間を取られているヒマがなく、またエプソンを選んでしまった。うう。
値段はコジマで14000円ほど。しかし何と最初に装着されているインクはハーフサイズで半分の容量しか入っていないのだという。結局、6000円近いインクセットも購入。5年間のショップ保証にも入ったら結局2万円ちょっとになってしまった。
さて設置して印刷した感想は。これまで使用していたエプソンのカラリオPM-G700との比較では、EP-302の方が作動音が若干高音で耳につく感じがする。しかし印刷スピードはかなり速くなっており、特に後述する年賀状のカラー印刷ではかなりの時間短縮になった。
PM-G700とくらべて機能的に劣ってしまった部分は、PM-G700では名刺サイズの紙が印刷できたのだが、EP-302はカードサイズが最小で名刺印刷ができなくなってしまったこと。ただし印刷後にカットするA4サイズの名刺用紙は使用できる。
あとCDやDVDへの印刷では、EP-302の場合、排紙トレーをいちいち取り外してCD・DVD用の位置に差し替えなければいけないこと。
そして、ものすごくウザくなったのがプリンタドライバソフトである。市販の互換インクを使わせたくないから、インストール中にもやたらと「純正インク」を使用するよう強要するメッセージが出たり、印刷経過の表示ウインドウやインク切れ通知ウインドウにはオンラインでインクを購入するボタンなどというものがデカデカと表示される(しかもウインドウ全体との統一感を全く考慮していない下品な黄色いボタン!)。
あーもう! いいかげんプリンタ本体をタダ同然の激安で投げ売りしてその分をバカ高いプリンタインクで儲けようとする商法はやめてくんないかな!!
ちなみに壊れたPM-G700は、廃品回収の軽トラックに、壊れたDVDプレーヤーと込みで800円で持っていってもらった。
12/21-24
「別冊漫画ゴラク」連載中の『龍のおんな』第16話の原作を執筆。今月はかなり遅れてしまったが、編集担当T橋さんの方も忙しいのか、さいそくの連絡がないのをいいことに、いよいよ延ばせないところまでやってきた。
ということで、他の仕事を中断してこの原作に集中。5日でようやく完成した。
12/25
16:00、電車で神保町へ。いつもの喫茶店古瀬戸で「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんと次回打ち合わせ。
18:00、電車で新宿へ。京王プラザホテルで開かれた手塚プロの忘年会に出席する。代表の手塚眞くんは、多くのお客さんへのあいさつがあったので、ちょっと話しただけで、あとは学生時代からの友人で脚本家のK林くんやY村さんらとずっと歓談していた。
しかし今年はビンゴ大会用にスポンサーから提供された景品が山盛りで、何と2時間半のパーティ時間のほとんどがビンゴ大会に費やされていた。おかげで会話をしていてもビンゴが気になって気になって(笑)。結局、話し足りなかったので、パーティの後、3人で近くのスタバに入り、お茶をして帰りました。あ、ちなみにビンゴは今年も何も当りませんでした。うう......。
12/26-28
年賀状を作成。今年の作成枚数は去年と同じ300枚。買ったばかりの新品プリンターで印刷も快調快調! 内容はお楽しみに!!
12/29-31
仕事納めの28日に向けて連日、ジャンジャンかかってきていた電話とバンバン届いていたメールもピタッと止まり、ときたまかかってくるのは、年明けに開催される小学校の同窓会の連絡だとか、そういうプライベートなものばかり。
静かな中で原稿書きに集中......と思ったのだが、年末ともなると何かと雑用があって、灯油を買いにいったり、銀行へ家賃を振り込みにいったり、あーーもう!! 落ち着いて仕事をさせてくれーーーーっ!!
投稿者 黒沢哲哉 : 20:17 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月11日
展覧会めぐりとバングラデッシュ料理
11/25-26
ミリオン出版の原作第1稿を執筆。メールで編集部へ原稿を送ると、折り返し、T根編集長から電話があり、全体に情報が整理されていかなった部分を鋭く指摘されてしまった。それで数日時間をいただき、第2稿を書くことになった。
11/30
雑誌「G-Diary」のコラム『あの日の僕に帰りたい』第34回の原稿を執筆。しかし物置にあるハズの資料がまたまた見つからず、途中、仕事を中断して大捜索を行なう。結局、2時間の捜索の末、探していた資料とともに、別の探し物も見つかった(汗)。
昔は、物をなくして探すなんてことはめったになかったんだけど、最近は、つい先日買ったばかりの本が見つからずにあちこち探したりすることもあって情けない。
12/01
ミリオン出版の原作第2稿を執筆。本当は月曜締め切りだったんだけど、1日遅れてようやく第2稿が完成。メールで編集部へ送る。
編集長T根さんから電話があり、これでOKとのこと。何とか間に合った。
12/05
12:00、電車で本郷三丁目へ。学生時代の友人で出版社編集のI沢くんと待ち合わせ。文京ふるさと歴史館で明日まで開催の『実録!"漫画少年"誌 -昭和の名編集者・加藤謙一伝- 』展を見学する。本当は仕事が忙しかったので「行けないかな~」と思っていたんだけど、I沢くんから電話をもらい、その話の流れで行くことになったのだ。
初めて来たけど、こじんまりとしていて静かでなかなかいい建物だった。
展示の方は、テーマである漫画少年とその編集長・加藤謙一のみでなく、文京区の出版社の系譜とか、現在に続くマンガブームの流れなども概観されていて興味深かった。
展示品には「当館蔵」とクレジットされているものも多く、マンガ関連の資料の収集にも力を入れていることが分かる。
その後、I沢くんと一緒に電車で池袋へ移動。イタリアンレストランでピザとパスタの遅い昼食を食べて、今度は豊島区立郷土資料館へ。こちらも明日まで開催の『トキワ荘のヒーローたち』展を見る。ぼくはオープニングの日にすでに見ていたが、あのときはあわただしくてじっくり見られなかったので、こちらも落ち着いて見られてよかった。
14:00過ぎ、郷土資料館を出て徒歩で椎名町へ向かう。このあたりまでは曇り空だったのだが、歩いているうちに天気予報どおり雨が降り出し、椎名町駅に着いたころには本降りの雨となっていた。
雨の中、南長崎の元トキワ荘周辺を散策する。元トキワ荘の斜め前には赤塚不二夫がトキワ荘を出て新たに借りたという紫雲荘というアパートが当時のままに残されている。
そしてここも、今回のトキワ荘展と連動して、かつて赤塚不二夫が暮らした部屋が、事前予約制で一般公開されていたのだ。ぼくとI沢くんは予約していなかったんだけど、前を通りかかってもの欲しそうな顔をしていたら(?)、紫雲荘前に立っていた案内の人が「いま予約された方が遅れていて空いてますので、よろしかったらどうぞ」といって特別に入らせてくれた。ぼくは取材のときも入っているんだけど、今回は人が少なくてゆっくり見られたし、I沢くんは初めてだったのでラッキーでした。
そして南長崎花咲公園にある「トキワ荘のヒーローたち」記念碑へ。あれ? 何だか雰囲気が変わっているゾ、と思ったら記念碑の横に街灯が建っていた。後日、以前、取材の際にお世話になった地元商店街のK出さんに電話でお聞きしたら、今回のイベントに合わせて10月に新たに建てたのだそうだ。
しかしただ照明を付けても面白くないので、ということで、ご覧のとおり、トキワ荘の住所看板の付いた裸電球の街灯になった。これはgoodアイデアですね!!
別の角度から。電柱の追加で、トキワ荘の記念碑にもリアリティが増したような気がします。
その後、雨の中、ふたたび徒歩でこんどは目白まで歩く。目白駅前の紀子さまがよく通ったという喫茶店に入り、お茶をする。回りは山の手のおばさまたちばかりで、男二人のグループは何となく浮いているがまあ気にしない(笑)。
ここでI沢くんと別れて帰宅。
12/07
手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』第7回の原稿を執筆。
12/08
15:00、電車で神保町へ。小学館クリエイティブ編集のT森さんと学習図鑑打ち合わせ。こちらも何だかんだあって遅れぎみだ。T森さんから、「年末が近づいているので、なるべく巻きで資料集めお願いします」と言われた。はい......。
12/09
10:00、愛車ボンゴフレンディをいつもの関東マツダ葛飾青戸店へ持ち込み、車検をお願いする。こちらについては後日、整備手帳で詳述します。
12/10
15:00、電車で高田馬場へ。手塚プロでプロデューサーのI藤さんと手塚治虫公式ホームページの企画打ち合わせ。読者参加型の企画を強めたいということでアイデアを出し合う。
その打ち合わせの中で Twitter の話になり、I藤さんはTwitterにハマっているんだそうで、「黒沢さんもぜひやってみてくださいよ!」と薦められた。んー、でも mixi もそんなにハマてないしなぁ......と最初はあんまり乗り気じゃなかったんだけど、やってみないことには面白いかどうかも分からないから、とりあえずやってみることにする、と返事した。
手塚プロを出て電車で東銀座へ。昭和通沿いの喫茶室ルノアールで、いそっぷ社社長S藤さんと待ち合わせ。先日、電話で話をした際に、年の瀬のあいさつがてら食事でもしましょう、という約束をしていたのだ。
ルノアールで近況交換をした後、S藤さんの案内で行ったのはバングラデッシュ料理のお店。バングラデッシュ料理というのを食べたのは初めてかも知れないけど、だいたい皆さんが想像つくとおりインド料理に近い感じ。だけどナンのように窯で焼いた平たい円盤状のパンは韓国のチヂミのようにモチモチしていたり、カレーのスパイスもインド料理とは微妙に違っていて興味深かった。バングラデッシュ料理、なかなかイイです!!
そして、中でもとりわけ感動したのがこのシェマイという料理。そうめんのような細い麺を牛乳で煮たものなんだというが、な、なんとその風味が、昔給食で出た脱脂粉乳のミルクの香りそのままなのだ!! うわー、あの香りにこんなところで再会できるとは~~~っ!! 実は食べてるときは、すぐに何の香りに似てるのかが思い出せず、「この香り、どこかで嗅いだ気がするんですよ~」と言ってたんだけど、後から「そうだ! アレは脱脂粉乳ミルクの匂いだったんだ!!」と思い出したのだった。
シェマイ! 脱脂粉乳世代の皆さんバングラデッシュ料理を食べる機会があったときは、ぜひ注文してみてください。懐かしさで涙がちょちょぎれますょ!! シェマイ!!
投稿者 黒沢哲哉 : 18:14 | コメント (0) | トラックバック
2009年11月30日
原稿料が......!!
先日、いつもお仕事をいただいている出版社から届いた原稿料の支払い通知と一緒に↓こんな紙が入っていた。

そして......!! 振り込まれた原稿料は、従来のおよそ半分になっていた。ズガーン!!
まー再録原稿の原稿料だったんで、元々少ない金額だったんだけどねーー。
【12/01追記】
えーと、上記の記述に関しまして先ほど編集さんからご指摘があり、僕の事実認識に誤認があったようです。まず事実を述べますと、上の手紙に記載されているように、確かに原稿料水準は全体的に下げられているけれども、マンガ原作料に関しては、今のところ減額はしていないということでした。ただ、減額されていない人に対しても一律にこの手紙を同封したために、そのように誤解された人も多かったとのこと。
そして僕の振り込み額が少なかったのも、今回の支払い分が、単行本扱いの印税計算によるものだったため、単純に発行部数が減少したからだということでした。
また、編集さんなど、社内の人の給与なども減額されているそうで、外部の人だけではないともおっしゃっておられました。
以上、お詫びして訂正いたします。

投稿者 黒沢哲哉 : 23:50 | コメント (3) | トラックバック
2009年11月24日
住宅街で車中泊
年末進行の締め切りと戦いながら、都内のコインパーキングで車中泊したり......。
11/12-15
『龍のおんな』第15話の原作第1稿を執筆。2日間アイデアが出ず、無為に過ごしてしまったが、ポッとアイデアが浮かんだらそこからはスラスラと進んだ。
「別冊漫画ゴラク」編集部のT橋さんにメールで原作を送ると、折り返し連絡があって「うん、これでいいんじゃないでしょうか!」ということで1発OKとなった。よかった~! 実は明日は取材で1日つぶれちゃうから、もし直しが出たら翌々日へ持ち越しとなってしまうところだった。どうでぇ、あいかわらず綱渡りの仕事っぷりが江戸っ子っぽいじゃねぇか、なぁ熊さん。熊さんって誰だよ! つまんないこと言ってないで早く仕事しろよ!!→俺。
11/15
明日は手塚治虫公式サイトのコラム『虫さんぽ』の12月公開分のために、荻窪で取材があるのだ。だけど早朝からの取材のため、電車で行くとモロにラッシュアワーにぶつかってしまう。ラッシュアワーやだなぁ......。ということで前日から車で行ってコインパーキングで車中泊をすることにした。
取材地は杉並区荻窪。駐車する場所は、ネットで検索したところ、環八から少し入った住宅街に入庫後24時間まで1000円というコインパーキングがあったのでそこに決定。風呂に入ってからゆっくりと出発し、24時ごろ現地に到着した。
周辺の状況はあらかじめgoogleのストリートビューで確認してあったんだけど、実際着いてみると、住宅街ながら道幅も広く周りの空間にも余裕があって落ち着ける場所だった。たまに車が通るくらいで騒音もほとんどない。
これまでも何度も仕事の先乗りでコインパーキングを車中泊に利用しているが、住宅街の駐車場で民家に挟まれたような場所だと住民から不審に思われるので、できれば避けたいところだ。この場所くらいの広さがあればお互いに安心。
ただしストリートビューでも分からなかったのが、上の画像のように駐車位置が若干前方に向かって傾斜していたコトだ。これだとちょっと寝にくいんだけど何しろ24時間以内1000円ですから。この周辺のコインパーキングで上限料金を設定しているところはだいたい24時間以内1600~1800円くらいが相場のようなのでかなりお得です。
寝る前に2時間ほどミリオン出版の原作の箱書きを作成した。シートバックテーブルの上に置いてある照明は、去年の夏に購入して以来大活躍しているLEDランタンGENTOS Explorer EX-737NX。暖色系のLEDを使用していて電球のような自然な明るさが気に入っている。単三電池3本を使用するが、購入後一度も交換していないほどバッテリーの持ちも良い。天井から吊るして光っているのは、ポータブルバッテリーで点灯させている12V16Wの蛍光灯だ。
今回は住宅街なので、目立たないようにルーフテントは使用せず、フルフラットにしたシートの上にインフレータブルマットと低反発ウレタンマットレスを敷いて寝床を作った。左端に見えるのは羽毛布団。車にはシュラフも常時積んでいるが、やっぱり布団の方が快適だよね。
トイレは都内ならコンビニで事足りるが、一応、折りたたみ式のポータブルトイレも車載している。
![]() | GENTOS(ジェントス) エクスプローラー EX-737NX GENTOS(ジェントス) by G-Tools |
11/16
翌日は8時起床。車はパーキングに置いたまま、徒歩で取材先へと向かう。天気予報では晴れるものの寒い一日になるとのことだったが、予報に反して上着もいらないくらいの暖かさ。絶好の散歩日和だった。
ということで取材も順調に進み、午後2時過ぎに終了。取材の途中で立ち寄った公園には落ち葉がフカフカに積もっていて、すっかり秋の気分に満ちていた。
ハトが落ち葉の中に集まって何かをついばんでいると思ったら、こんな木の実がいっぱい落ちていました。
11/17-18
昨日取材してきた『虫さんぽ』の原稿を執筆する。実は年末進行のため、今回は最初からタイムリミットギリギリだったのだ。それにしても取材翌日は冷たい雨。取材の日は晴れていてホントによかった。
14:12、完成した原稿をメールで手塚プロ編集担当のI藤さんに送る。I藤さんから折り返し連絡があり、若干の分量調整をして欲しいとのこと。19:01、改訂第2稿を送りこれで決定稿となる。
11/19
午後、電車で神保町へ。いつもの喫茶店古瀬戸で「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんと、次回『龍のおんな』原作打ち合わせ。間もなくNHKの今年の大河ドラマ『天地人』も終わり、いよいよ来年の『龍馬伝』に向かって坂本龍馬の話題がどんどんと盛り上がってくる......はず。こちらもそれにうまく便乗できるように(?)「がんばりましょう!」と気合いを入れなおす。
11/20-21
ミリオン出版の原作を執筆。こちらも締め切りは迫っているのだが、完成までにあと2~3日は必要な感じ。
22-23
小学館の学習図鑑のラフを作成。こちらも素材集めの時間を考えるとそろそろ巻きを入れないといけない感じになってきた。
投稿者 黒沢哲哉 : 14:27 | コメント (0) | トラックバック
2009年11月12日
年末進行接近中
「この仕事さえ終わればひと段落して落ち着く」
夏前からずーーっとそう思いながら仕事をしてきんだけど、気がついたら、そのまま年末進行に突入してました。うそ!
ひと段落するどころか、11月を乗り切れるか心配になってきた(汗)。
締め切り全て間に合うだろうか。考えると心臓がドキドキして背筋が冷たくなってくるので、あまり深く考えないことにして、目先の締め切りをひとつずつ片付けていくことにした。
11/09
終日「別冊漫画ゴラク」の『龍のおんな』次回第15話原作の箱書きを作成。話の流れは先月の打ち合わせでおおよそ決まっているのだが、この回から単行本3巻目となるため、新展開っぽいインパクトが欲しいところだ。ノートに落書きをしながらウンウンうなってみたり、コーヒーを飲んだり、全然関係ない本を読んでみたり、ネットを検索してみたりしながら、きっかけをつかんでいく。すると......フッとアイデアが降りてくる。なんてうまくいくわけもないのだが、結局、最後にはいいアイデアが浮かんだ。これでようやく書き始められるぞ! けど明日と明後日は打ち合わせだから、今日はもう寝て明明後日(やなあさって)からがんばる(笑)。
11/10
14:00、電車で神保町へ。小学館クリエイティブで編集T森さんと、小学館の学習図鑑コンテ打ち合わせ。もろもろ微調整をしてコンテ第2稿を作ることになる。
15:00、学習図鑑の資料を探してグランデ、三省堂など神保町の書店を歩く。新刊で出ているはずの本も見つからず、今はやはりみんなネットで買ってしまうからかなぁ。
16:00、次の予定時間まで少し時間があったので古本屋をのぞいた後、珈琲館で資料整理。
17:30、小学館へ。ビッグ企画室のS藤さんとお会いする。S藤さんは、ぼくが小学館で仕事を始めたばかりのころからお世話になっている編集の大先輩である。そのS藤さんと今年4月に劇画工房のパーティでお会いした際、ぼくが持っているある雑誌の資料を見せて欲しいと頼まれたのだ。「急がなくていいから」と言われた言葉に甘えて、その後ずーーーっと果たせず、先日やっと倉庫から発掘してコピーをしたのだった。
S藤さんからおいしい鰻をごちそうになりながら、興味深い話をたくさんうかがった。伝説の原作者の伝説的なエピソードや大御所マンガ家の若き日の横顔などなど「ビッグコミック」や「少年サンデー」など、小学館のマンガ雑誌の栄枯盛衰(?)を見続け、それに関わり続けてきた方のお話はひとことひとことが貴重な歴史の証言であり、編集者にとっては生きた教科書です。
11/11
10:00、大雨の中、いつもお世話になっている関東マツダ葛飾青戸店へ愛車ボンゴフレンディを持ち込む。車検が近いのでその見積もりと、先月からペンディングとなっていたAutoExeのフロント用スポーツスタビライザーの交換取り付けを行なってもらうためだ。
整備が完了するのは午後ということなので、仕事が終わってから受け取りにいくことにしていったん帰宅する。大雨の中、車を預けてバスと徒歩で帰ったらずぶ濡れになってしまった。
14:00、あらためて家を出て電車で九段下へ。ミリオン出版編集部のT根編集長と次回原作のネタ打ち合わせ。T根さんは現在、実話マンガ路線に新しい切り口を見出そうとがんばっていて、その新企画の一端をまかされた。責任重大です。
16:00、地下鉄で高田馬場へ。手塚プロでWeb担当のI藤さんと手塚治虫公式サイトのコラム打ち合わせ。I藤さんから「黒沢さんのコラムは今まで締め切りをわりとイージーにしてきましたが、来年からWebマガジン形式のコーナーを作ってそこに組み込むので、毎月1回定期更新していきたいんですよ」といわれた。このコラムは取材と資料集めもあるから毎月1回更新はかなりキツイんだけど......いえ、やります! やらせていただきます!(笑)
18:30、まっすぐに帰宅せず、西日暮里から金町へ向かい、バスで関東マツダ葛飾青戸店へ。スタビ交換の終わったフレンディを受け取る。車検見積もりではバッテリーが弱っているといわれた。昨年末にバッテリーは交換したばかりなのに。フレンディにはほとんど毎日乗っているのだが、近場ばかりでそれも夜間に乗ることが多いので、充電不足になっているのだろうか。もっと昼間にビューンと飛ばせればいいんだけど、なかなかねぇ。
さて、フロントスタビライザーを交換した感想だが、こちらは試乗する時間がなかったので、後日、試乗したら、あらためて新エントリーを立ててレポートします。
投稿者 黒沢哲哉 : 02:45 | コメント (0) | トラックバック
2009年11月 8日
手塚治虫ファン大会2009を観覧、TENBAのPCバッグ
愛用のバッグの話、手塚治虫ファン大会観覧、『龍のおんな』コミックス第1巻発売など
11/02
雑誌「G-Diary」の連載コラム『あの日の僕に帰りたい』第33回原稿アップ。
すぐに小学館の学習図鑑のラフ作成に移る。
11/04
午後、電車で新宿都庁前へ。某事務所で打ち合わせ。
打ち合わせ後、徒歩で新宿へ出てお買い物。駅前の歩道橋から西口ロータリーを見渡すと、ロータリーの真ん中に突き出た、あの巨大な換気塔がツタに覆われているのに気がついた。
まだ西口にこんなに高層ビルが林立する前は、新宿西口といえばこの巨大な換気塔がランドマークだったんだけど、そういえば最近あまりそっちに目がいかないなぁ、と思ったらこんなことになっていたのねん。
ところで買い物というのは、愛用しているバッグの肩ひものパッド部分がスリ切れてしまったので、その肩パッドを探すのだ。
すでに10年以上愛用しているバッグ。しかし肩パッドさえ何とかすればまだまだ使えるのだ。
ということでヨドバシカメラで買ったのがこれ。カメラ用品メーカーエツミのショルダーパッドE-6107(税込み882円)。片面がグレー、片面がブラックのリバーシブルになっていて、最大8cm幅のバッグにまで対応している。もっと幅広のパッドもあったけど、常に重いものを入れてるわけでもないので、このくらいのさりげなさが良い。
さて、紹介が遅れたが、↓↓↓コチラが僕の愛用のバッグTENBA の Computer Traveller P-415。購入時の価格はおよそ2万5000円だったが現在は廃番となっている。上にも書いたけど、すでに10年以上愛用している。

TENBA(テンバ)というのはアメリカのカメラバッグメーカーで、プロカメラマン御用達のヘビーデューティーなバッグを作ることで有名なメーカーだ。かつては銀座の銀一というプロカメラショップでしか扱っていなかったが、現在はカメラ用品メーカー・エツミが日本の総代理店となっており大型量販店や通販でも簡単に購入できるようになった。
ぼくが初めてTENBAのバッグを買ったのはおよそ30年ほど前の1980年ごろのことだ。一眼レフカメラに凝っていた当時、5万円ほどもするプロ用の大型カメラバッグを購入した。そのバッグは豪雨の鈴鹿サーキットでWSPCの取材中に使用したこともあったが、バッグはズブ濡れになっても内側には全く水が浸入せず、以後、その防水性や耐久性には全面的な信頼を置いている。
ただ、このバッグは雨の後の乾燥が充分じゃなかったためか、それから半年くらいたったころからカビ臭いニオイがするようになってしまい、どうやってもその臭いが消せないので処分してしまった。残念。
その後、別のメーカーのバッグに浮気したこともあったが、次にTENBAを購入したのは1990年のこと。
当時発売されたEPSONのノートパソコンPC-386 NOTE Aを購入し、これを毎日持ち歩くようになったら、それまで使っていた日本製のショルダーバッグがアッという間に壊れてしまったのだ。当時のノートパソコンは重さが3kg近くあり、ACアダプターやその他の仕事道具などを入れるとバッグの総重量は常に7kg以上(!)にもなっていた。当時のビジネスバッグはそんなに重い物を入れるほどヘビーデューティーには造られていなかったのだ。
それでたまらず「カメラバッグなら丈夫なのでは?」と思って調べると、折りよくTENBAからLaptop TravellerというラップトップPCの運用を志向したトラベルバッグが新発売されていたのだ。このLaptop Travellerは、P-415の前身となるモデルで、P-415と同様、ファスナーでバッグの幅が広げられる構造を備え、収納力もP-415と同等に優れたものだった。サイズがP-415よりも若干横長だったことと、金具に金属を使用していることがP-415と違っていた部分だ。
ただこれはTENBAのトラベルバッグとしては初期モデルだったためか、同社のカメラバッグよりも全体的に耐久性が劣っていた。ビジネスマンのバッグの使い方はカメラマンのそれよりソフトだと思って甘く考えていたのだろうか(笑)。例えば肩ヒモの金具が金属だったことから、金具と肩ひもがスレてわずか7年ほどで肩ひもが切れてしまった。
当時のヤワなビジネスバッグとくらべれば、7年というのは充分すぎる耐久性であるが、P-415はこの長さ調節金具も改良され、表面に梨地加工が施されたプラスチック製になったから、金具と肩ヒモが摩擦でスリ切れることもなくなった。ので、10年以上使っても肩パッドのスレだけで、本体も肩ヒモもビクともしていない。
細かい部分では、P-415ではフタをロックするプラスチック製バックルの材質と構造が変更され、閉じるときの「カチン!」という音がかなり静かになった。仕事用バッグは静かな場所で開閉することも多いので、これは重要な改良点である。
上の画像はP-415の内部。収納ポケットが多くて使いやすい。手帳、ペン類、ハンズフリー用のヘッドフォン、地図、名刺入れなどをきちんと分類して入れられる。ただポケットの数が多いだけでなく、例えばコンパクトデジカメ用のポケットにはクッション材が入っており、肩に掛けたまま横から手を入れて取り出せるようになっているなど、機能性も充分考えられている。A4サイズのノートPCも入る本体部分は、ファスナーで幅が2段階に変えられるので、外出先でお土産や本などを買って荷物が増えても大丈夫。また、取っ手の内側には濡れた傘を取り付けるためのマジックテープが付いている。
唯一、残念なのは、外側にペットボトルを入れられるポケットが付いているとさらに便利なのだが......。
上の画像は、バッグと一緒に銀一で購入した後付けの背負いひも。これをバッグのナスカンと手さげ部分に取り付けることで、本来は手さげかショルダーの2WAYでしか使えないバッグが、リュックのように背負うこともできる3WAYバッグとなる。現在これと同等の品がエツミより背負いベルト2という商品名で発売されている。
ぼくの愛用するP-415は廃番だが、現在は新シリーズとしてTENBA メッセンジャーバッグシリーズが発売中だ。その中でP-415と同等の使用に向くのは下記のメッセンジャーバッグ Lである。色は黒のほかに茶色などもある。ヘビーデューティーなPCバッグやビジネスバッグをお探しの方は、ぜひ検討候補に加えてみてください。
![]() | TENBA メッセンジャーバッグ L ブラック 638-231 TENBA by G-Tools |
11/07
電車で渋谷へ。今日は、ここ数年、恒例となっている手塚治虫ファン大会に参加するのだ。会場は公園通りの先のシダックスホール。開場30分前に到着するとすでに熱心な手塚ファンが集まっていた。
そして13:30開演。社長と手塚眞氏の挨拶のあと、元虫プロスタッフだった方々が座談会形式で思い出話を語ったり、手塚ファンによる手塚マンガの研究発表などがあり、実にアットホームな集まりだった。今回は、手塚ファンと手塚プロが共同で作り上げていく手作りのファン大会がコンセプトなのだそうだ。時間も、前回や前々回のように朝から夜までという長丁場ではなく、午後から始まって夕方までと、ちょうど良い時間だったように思う。
また、昨年、一昨年にくらべて若い人が増えていたように感じられたのもうれしかった。
ところで毎年恒例の手塚治虫カルトクイズだが、今年は何とか6問目くらいまでは正解し、30人くらいまでは勝ち残ったんだけどそこで撃沈してしまいました。クヤシイ。
上の画像はタイムテーブル表と、プレゼント抽選会のクジ券。そして全員に配られた記念ピンズ。抽選会は残念ながら今年もハズレでした。
閉会後、ファン有志の皆さんの集まりにお招ばれしたぼくは、東武ホテル地下の居酒屋へ移動。そこで20人ほどのファンの皆さんと、今回ゲストで壇上に立たれた元虫プロのスタッフの皆さんらと一緒に二次会。こちらでは、さらにディープな手塚ネタで大いに盛り上がったのでした。
11/07
「別冊漫画ゴラク」で連載中のマンガ『龍のおんな』のコミックス第1巻がようやく発売になり、我が家へも見本の本が届いた。本当は6月に発売する予定だったんだけど、来年のNHKの大河ドラマ『龍馬伝』にタイミングを合わせて発売を遅らせたのだ。
この作品は龍馬の妻お竜と坂本龍馬の激動の恋と半生を、史実にフィクションをまじえて描いたもの。当初は前後編の読み切りだったため、話はそこでいったん完結している。それが好評で連載化されたため、連載第1回目からは、再びお竜と龍馬の出会いから話を始めているのだ。つまり読み切りと連載では年代がダブっているわけで、そのままでは話がつながらない。
だからぼくは当初、単行本化の際には読み切りを収録しないか、あるいは連載終了後の最終巻の巻末に、読み切りを別バージョンとして収録するか、と考えていた。しかし担当編集のT橋さんは「ぼくにアイデアがありますから、読み切りに続いて連載が始まる構成でいきましょう! ぜったいに面白くなりますからまかせてください!!」と自信満々で言う。そこでおまかせしたら、何と! ホントに実にスマートにつなげてくれたではないか。いや、この手法には感心いたしました。さすがです。第1巻が今月発売。第2巻は来月12月発売です。店頭で見かけたらぜひお手に取ってごらんください。
![]() | 龍のおんな 1巻―坂本龍馬幕末異聞伝 (ニチブンコミックス) 和気 一作 日本文芸社 2009-11-07 by G-Tools |
投稿者 黒沢哲哉 : 21:59 | コメント (4) | トラックバック
2009年10月30日
トキワ荘のヒーローたち展取材など
今月後半のお仕事ダイジェストと、豊島区立郷土資料館で開催中の「トキワ荘のヒーローたち展」オープニングセレモニー出席レポートなど。
10/14-19
手塚治虫公式サイトの連載コラム『手塚マンガあの日あの時』第7回の原稿を執筆。すでにテーマは決まっていて、取材と資料集めも済んでいるのだが、調べれば調べるほど新事実が見つかり、書きたい要素が増えてしまって内容が絞りきれない。第1稿を読んでいただいた手塚プロ担当のI藤さんからも、やはりそこを鋭く指摘されてしまい「あ~、やっぱりねぇ......」とナットクし、思い切って大ナタをふるうことにした。そんなこんなで4000字のコラムがなかなか書き終わらない(汗)。
10/18
夕方、原稿執筆を中断して電車で新宿へ。17:00、西武新宿駅の改札で、学生時代の映画仲間のS木くんとK林くんのおふたりと待ち合わせ。ぼくが雑誌「G-Diary」で連載しているコラム『あの日の僕に帰りたい』で、次回、おふたりに関連したある映画作品をテーマとして取り上げる予定のため、取材の協力をお願いしていたのだ。
S木くんの案内で職安通りのバーミヤンへ行き、中華料理を食べながら話をうかがった。おふたりとも自主映画から映像関連のお仕事に進まれているだけあって、ぼくがお聞きしたかった内容以上に映画や映画を取り巻く状況を鋭く深く見ていて、興味深い話が山ほどうかがえた。おかげでいい記事が書けそうです。いや、これほど惜しみない協力をしてくれたのに中途半端な浅い記事を書いたらおいらの面目が立たねえ!
10/20-22
小学館の学習雑誌の原作のための資料を読む。
10/24
朝、電車で池袋へ。池袋西口の豊島区立郷土資料館でこの日から始まる企画展『トキワ荘のヒーローたち~マンガにかけた青春~』のオープニングセレモニーがあるのだ。
同資料館は、以前、手塚治虫公式サイトのコラムで取材していたので、それで案内状をいただき、出席の返事を出していた。
10:00、会場となっている資料館の会議室に到着し、受け付けで名前を告げると、胸に付ける大きな花飾りをもらった。大げさだなぁ、みんなこれを付けるのかなぁと思いつつ会場へ入ると、別の係員によって「トキワ荘関係者席」という紙が貼ってある席に案内された。関係者じゃないんだけど、いいのかな、と思いつつ座っていると、列席者が続々と入ってくるが胸に花飾りを付けている人はほとんどいない。
しかもみんなビシッとしたスーツにネクタイの人ばかりで、半袖のポロシャツみたいな軽装なのはぼくだけだ。うわあああ、だんだんいたたまれなくなってくる。しかも「トキワ荘関係者席」に座っているから、誰もが「このラフな格好の男は誰だろう?」という顔で見ていく。
やがてセレモニーが始まった。「トキワ荘関係者席」に座っている人が次々と挨拶に立つ。なんとそこに座っているのは、元トキワ荘に住まわれていたマンガ家の大先生や、そのご遺族、プロダクションの方々ばかりだったのだ。「うわ~、やっぱりぼくの席はココじゃないよぉ~!」と思った時にはもう完全に手遅れだった。多くの人の「このラフな格好の男は誰だろう?」という視線に耐えつつ最後まで小さくなりながらその場に座っていたぼくなのだった。
30~40分ほどの針のむしろのセレモニーの後、展示会場へ移動。ようやく開放された。ホッ。展示会場は狭かったが、なかなか貴重な資料や写真も多く、見ごたえのあるものだった。上の写真は、会場でいただいた図録とストラップ、ポストカード。図録は64ページもある立派なもの。図録は値段を確認するのを忘れたが、会場で販売している。ストラップとポストカードは、後述するトキワ荘エリアの商店街が同展と合同で開催しているスタンプラリーなどの記念品だと思う。
参考リンク:
豊島区ホームページ
2009年度企画展 トキワ荘のヒーローたち マンガにかけた青春
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展示を見学した後は、トキワ荘があった椎名町(現・南長崎)の第二会場へ移動する。セレモニー出席者には豊島区でマイクロバスが用意されていたが、ぼくは藤子プロのI藤社長から「一緒に乗っていく?」と声をかけていただき社長の車に便乗させていただいた。
南長崎ではトキワ荘を出た赤塚不二夫が仕事場として借りた紫雲荘というアパートの内部の見学もさせていただいた。トキワ荘はすでに取り壊されてないが、この紫雲荘は当時のままに残っており、大家さんの好意で、かつて赤塚不二夫が暮らした部屋を、当時のままに再現し、期間限定で公開してくれているのだという。
会期中は一般の人も往復ハガキで事前申し込みをすれば見られるとのことなので、これはぜひ見る価値があります。当時のマンガ家の暮らした生活の一端がうかがえます。詳細は下記のリンクを参照してください。
参考リンク:
豊島区ホームページ
企画展「トキワ荘のヒーローたち」関連イベント
※新しいウィンドウが1枚だけ開きます。
10/26
台風が接近し、大荒れの天気の中、柴又の隣町の金町に新しくできた葛飾中央図書館へ車で出かける。小学館の学習図鑑の仕事の資料探し。2時間ほど探して期待以上にいい資料が見つかった。が、本当はすでにラフ(構成案)を仕上げていなければいけない時期なのだ。小学館クリエイティブの編集担当T森さんからはていねいな口調でじんわりとプレッシャーをかけるメールが来ていて、冷や汗が背中を伝うのだ。
10/27-28
大急ぎで資料を読み込み、大まかなラフを作成する。
10/27
手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』第7回が公開になった。昭和30年代後半、東京オリンピック開催への期待がふくらみ東京が開発ラッシュに沸いていたころ、手塚治虫はもっと先の未来を見すえ、アトムに託して子どもたちに大いなるメッセージを伝えていた。下の画像をクリックするとコラムページが開きます(※新しいウィンドウが1枚だけ開きます)。
10/29
電車で神保町へ。ちょうど交差点では神田古本祭りの最中だったが、脇目もふらずに小学館クリエイティブの編集部へ行き、T森さんと小学館の学習図鑑の打ち合わせ。おおよその段取りが固まった。さっそく本ラフ作成に入らねば!
投稿者 黒沢哲哉 : 23:41 | コメント (2) | トラックバック




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