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2010年9月

2010年9月27日

種田陽平展とか、今さらゲゲゲの女房とか

9/17-19
 小学館ブックピープル対談のテープ起こし。といっても今はテープに録音してるわけじゃなくてICレコーダーなのでテープ起こしではないが。それにしてもICレコーダーで録音してPCで再生しながらテキストに起こしていくっていうのは楽になったね。カセットテープの時代は聞きたい箇所の頭出しをするだけでも大変だったからなー。ところで今はこの作業を正しくは何と言ったらいいのか。「レコーダー起こし」? んー、なんかしっくり来ないな。

9/21
 小学館のウェブサイトブックピープルの連載企画『歴漫対談卍漫史(MANJI)』の原稿を執筆。メールで編集部へ送る。

9/22
 16:00、仕事を中断して電車で久米川へ。編集のI氏と某マンガ家さんと企画打ち合わせ。その後、3人で居酒屋へ。ギンナンの塩焼きを食べたら秋の香りがした。

9/23
 小学館の学習図鑑のラフ起こし。

9/24
 小学館クリエイティブ編集のT森さんからメールが届いた。昨日送っておいた学習図鑑のラフの修正箇所が赤入れされたPDFが添付されていたのだが、開いてみると全面にわたって訂正箇所の書き込みで真っ赤になっていた。ガクッ!!

9/25
 夕方、電車で新宿へ。今日は関西から、手塚治虫ファン大会で知り合った手塚ファンの夫妻が上京してくるので、在京のファンが集まって飲み会なのだ。皆さん、それぞれにレアなコレクションを持ち寄って自慢したり、研究成果を書いたコピーを配布したり。ぼくは手ぶらで行ってしまったが、帰りにはそんな皆さんからのおみやげで両手がいっぱいになってしまった。
 そんな中で、ひとりの方から面白いおみやげをいただいた。それが↓このヒョウタンツギである。

20100925.jpg

 これは本物のヒョウタンに、ぼくがパソコン上で手塚治虫のキャラクターヒョウタンツギを描き入れたものだ。しかしこのヒョウタン、ただのヒョウタンではない。元虫プロ社員で、現在は埼玉県飯能市で野菜の種屋さんをやっている野口さんという方がいる。その方のお店で買ったヒョウタンの種を、その手塚ファンの方が自宅で栽培したものなのである。つまり手塚治虫とも間接的に縁(ゆかり)のある種からできたヒョウタンなのである。ぼくのお宝コレクション入り決定です。

参考リンク:手塚治虫公式サイトで野口さんの種屋さんを取材した時の記事
虫さんぽ 第5回:埼玉県飯能市・鉄腕アトム像周辺(前編)
虫さんぽ 第6回:埼玉県飯能市・鉄腕アトム像周辺(後編)
※新しいウィンドウが1枚だけ開きます

9/26
 一部で話題だったNHKの朝ドラ『ゲゲゲの女房』が昨日で完結した。ぼくは録画しただけでずーっと見ておらず、どんどんファイルが貯まっていってたのだが、これはいよいよ旬な話題に乗り遅れてしまうと思って、2週間ほど前から1日6話ペースで少しずつ見続け、ようやく水木が貧乏から脱出して『墓場の鬼太郎』が週刊連載されるところまで来た(笑)。

20100926.jpg

 このドラマ、出だしは鈍かったものの、放送開始2週目ごろから人気が盛り上がり始め、それ以後は常時視聴率20%越えを続けていた。また放送中から出版関係者でも見ている人が多く、打ち合わせの際などもしょっちゅう話題になっていたのだ。
 ということでぼくはまだ半分くらいしか見てないんだけど、確かに面白い。これまでにもマンガ家を描いたドラマはいくつもあったけど、今回は朝ドラなので時間もたっぷり使えるから、その生活がじっくり描かれているところがいい。
 だけど布美枝(松下奈緒)が水木しげる(向井理)と結婚したあたりから何となく水木しげるの描き方にムズムズするような違和感を感じるようになった。それは何なのだろうとずっと思いつつ見ていたんだけど、水木が週刊連載を始めるという展開になってようやく分かった。それは水木しげるがマンガを描くモチベーションの根源に「貧乏神退散」を頻繁に「口に出して語っている」ことだったのだ。
 大手出版社の週刊誌から水木に初めて仕事の依頼が来た。編集者は水木に宇宙もののSFを描いて欲しいと言う。だが水木はなぜかその依頼を断ってしまう。後で分かったその理由はというと、水木がその依頼を引き受けようとした時に、かたわらで貧乏神が笑っているのが見えたからだという。だけどここは水木にははっきりと「自分の描きたいものを描けないから断った」と言わせてもらいたかった。
 もちろん劇中の水木は日々貧乏と闘っていて、マンガを描いてお金をもっともらわなければ家族三人生きていけないという切実な思いがあることは確かだ。だがそうした生活苦と「創作をしたい、マンガを描きたい」というクリエイターとしての水木の思いとをごっちゃにしてはいけないだろう。
 それこそ、そういう役割はこのドラマの主人公である布美枝にやらせればよかったのではないか。例えば松下奈緒にも貧乏神が見えるという設定にして、ひたむきに仕事をする水木にまとわりつこうとする貧乏神を、彼女が必死に追っ払うという描き方をすればもっとあの貧乏神という設定も生きたのではないかしらん。
 まー、なんだかんだいいつつもここまで楽しく見てきたので、後半も旬なうちになるべく早く見終わろうと思います。

9/27
 13:00、雨の中電車で神保町へ。集英社で編集のI澤氏と打ち合わせ。その後、昼食をごちそうになり、スターバックスでしばし会談ののち、グランデで資料本を購入。

 15:00、I澤氏と別れて地下鉄で清澄白河へ。東京都現代美術館で開催中の『借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展』を見る。

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 前に小学館クリエイティブで打ち合わせをした際に、評論家のN氏からチケットをいただいたのだ。
 会場の前半では、ジブリアニメ『借りぐらしのアリエッティ』の世界がアリエッティから見た原寸大サイズのオブジェとして製作されていて、見学者はアリエッティと同じ大きさになってその世界を体験できる。アリエッティたちが暮らす縁の下の家には巨大なドングリやヒマワリの種が置かれていたり、縁の下の格子窓をくぐって庭に出ると巨大な植物群が密生していたり、ディズニーランドのアトラクションのようで楽しかった。ただ、ここは撮影禁止じゃなくて自由に記念写真とかが撮れたらもっと良かったのに。せめて場所を限って記念撮影スポットを設けて欲しかったですね。
 後半は種田陽平が手がけた数かずの映画美術の世界がイラストボードや写真やミニチュアで展示されており、こちらもまた楽しめる。
 行く前は、イラストボードやアイデアスケッチなどの展示だけだと思っていたので、意外さもあってかなり面白かった。テレビでスポットCMを盛んにやっているけれど、あれだけじゃこういう展示だということは全く分からないから、もっとこういう内容だということを宣伝すればいいのに。ちなみに同展は10/3まで開催中だそうです。

投稿者 黒沢哲哉 : 22:42 | コメント (6) | トラックバック

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2010年9月21日

エアコン蛾ブッコワレタ

9/5
 前回のエントリーで、エアコンから漏水があってそれを僕が自分で修理したって話を得々と書いたけれども、やっぱり治ってませんでしたー(爆)。
 漏水の原因は、いつものようにドレンパイプの詰まりだと思っていたら、そうではなくて、内部の熱交換機周辺に張り巡らされた銅製パイプの蝋付け部分に亀裂が入り、そこから漏っていることが発覚したのだ。それで大急ぎでホームセンターへ走り、水中用エポキシパテを買ってきて亀裂を埋めたんだけど、漏水部分は1箇所ではないらしくそれでも止まらない。
 このエアコンは買ってからすでに10年以上経過しているから、どうやら寿命らしい。エアコンは家電の中では高電圧を使っているから、このままでは危険と判断し、冷房のシーズンもほとんど終わりではあるが、あきらめて買い換えることにした。

 ということでネットで検索してみたのだが、季節商品なのでどこのショップもお買い得商品はすでに完売しているものが多く、あまりいいのがない。
 もう面倒なので近所の家電量販店百満ボルトへ行き、予算と納期で即決したのがこれでした。パナソニックの8~10畳用GS-25LFE7という機種で、税・取り付け費込み価格69,800円。その他に運搬費と旧機種のリサイクル料が加算されて75,950円。ここに家電エコポイントが10,000点もらえた(エコ家電購入7,000点+リサイクルポイント3000点)ので、まあまあの買い物だったかな。

9/7
 さっそく工事の人が来てくれて交換したのだが、さすが慣れてらっしゃる。若いお兄さんがふたりで来て手際よく作業を分担し、テキパキと交換。わずか1時間で設置完了となった。しかしエアコンがない状況での作業だからふたりとも汗だくで、最後に手渡された取扱説明書はお兄さんの汗でシワシワになっていた(笑)。

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 その後、さっそくエコポイントを申請するべく書類を書き始めたんだけど、予想通りお役所の書類は分かりにくい! さらに書き手に押しつける根拠不明のマイルールが多すぎる。例えばリサイクル券貼付欄には、左端をセロハンテープで貼り付けるように指示があり、右端は「内側に折り曲げて貼り付けてください」と書いてある。だけどこの「内側」の意味が分からない。内側とは書類面から見て内側=すなわち谷折りなのか、台紙の側から見て内側=山折りなのか??? またこちらはセロハンテープで、とは書いてないし、テープだとしてもこちら側には貼付スペースが指示されていないので、どこをどう貼ったらいいのかまるで分からないのだ。そもそも問題なのは、この貼付欄に貼る書類は定型の紙なのに、そのサイズより小さい欄を用意して、そこへ右端を折り曲げて貼ることを強制している時点で煩雑さが増やしていることに最初に気付くべきだろう。
 とか何とか文句をいいつつ途中まで書きかけたところでネットを検索したら、何だネットからも申請できるんじゃん。しかもネットからの申請だと手書きの書類を郵送するより手続きが1週間ほど早くなると書いてある。だったら最初からそっちにすればよかった。ということで電気屋でもらった申請用紙を破り捨ててウェブで申請することにした。
 そしてようやく必要事項を最後まで入力し終えて完了ボタンを押すと......な、何と!「完成した書類を印刷して郵送してください」だとぉぉぉ!? ドババーーーン!! 結局Webでの申請というのは単なるPDFを出力するフォーマットだったのかよ! そんなこと冒頭にはひとことも書いてなかったじゃないか!! ぬぬぬ、結局オイラは2度も同じ書類を作ってしまったわけで、怒りはおさまらないが、まあ、この出力書類で送れば根拠は不明だがなぜか1週間早く手続きしてくれるというのだから、気持ちを抑えながら画面上の印刷ボタンを押して、さっき破ったのとほとんど同じ書類をプリンターから出力。そこへ領収書やら、リサイクル券のコピーやらを貼って、はんこを押して、自分で封筒を用意して切手を貼って投函しましたよ。ええ。
 ちなみに、親切なことに封筒に貼ってくださいという宛名の紙が一緒にプリントされて出てくるけど、その差出人の住所氏名欄は空白のままである! あのさー、別の欄にこっちの住所と名前を書き入れてるんだからさー、それがここにも自動的に転記されるようになっていれば、手書きする手間が少なくならない? それかせめてここも画面上で入力できるようになってれば、この欄だけのためにボールペンを用意する必要もなくなるのに。

20100907b.jpg

9/8
 1年近くにわたって細々と書き続けていた小学館の学習まんが人物館『西郷隆盛』の原作最終章をようやく書き上げた。
 しかし先月の観測では、これさえ上げればひと段落するはずだったんだけど、どうやらそうでもなさそうでがっくり。

9/14
 14:00、電車で高田馬場へ。昼食を食べる時間がなかったので、駅前の富士そばでもりそばをかきこんで手塚プロへ。プロデューサーのI藤さんと次回のホームページのコラム企画打ち合わせ。

 15:00、神保町へ移動。ようやく涼しくはなってきたけど、こうして歩き回るとまだ汗が噴き出してくる。次の打ち合わせまで少し時間があるが、古本屋を歩き回るのもしんどくてドトールに避難する。

 16:30、小学館クリエイティブK村さんと、マンガ評論家のN氏と3人で復刻本のコラム企画打ち合わせ。N氏とはこの日が初対面だったけど、ほんの少し話を振っただけで3つも4つも返答がくる。評論家と名乗るにはオタク的なマンガ知識だけじゃなくて広範な教養と勉強が必要なんだなと痛感した。ぼくは評論家にはなれないなー。

 18:00、続いて集英社へ。編集のI澤氏と企画打ち合わせ。その後、旅好きなI澤氏の案内で、本場の讃岐うどんを食べさせてもらえるお店に連れて行っていただいた。ゆでた麺に生醤油をかけただけのシンプルなうどんがこれまたうまい。ぼくはまだ一度も四国には渡ったことがないんだけど、本場でも一度ぜひ食べてみたいなぁ。だけど出不精だから仕事の取材でもからんでないと一生行くことはなさそうだなぁ(笑)。

9/16
 手塚治虫公式サイトのコラム『虫さんぽ』第12回の原稿を執筆。取材はすでに夏前に済ませてあったのであとは記事を書くだけなんだけど、取材から時間が経ちすぎて頭を取材当時に戻すのに苦労した。

9/20-21
 小学館のホームページブックピープルで連載中の歴史家とマンガ家の対談記事『歴漫対談卍漫史(MANJI)第3回の原稿を執筆。

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 上の画像はページが寂しいのでおまけ。この夏に和歌山へ旅行した友人がくれた、パンダの携帯マスコット。そういえばいつの間にか上野動物園にはパンダがいなくなってしまったのか。

投稿者 黒沢哲哉 : 17:06 | コメント (2) | トラックバック

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2010年9月 5日

新PC&Windows 7 導入

 猛暑の中、ハードな仕事を終えて帰宅する......。
 部屋へ入ると「お~涼しい!!」
 ......って、エアコン消し忘れてるじゃんかよ!!

8月上旬
 毎年恒例の、夏のパソコン不調月間がやってきた(涙)。
 毎年、夏前から秋にかけてのこの時期、パソコンが必ず不調になるのだ。原因はたいてい、ケース内にたまったホコリかボード類の接触不良で、一度分解して掃除をすればたいてい治る。ところが今年はそうはいかず、一見、無事にWindowsが起動したように見えても、またしばらくすると突然画面が固まってしまうのである。あれこれ原因を探ってみた結果、どうやら増設している5台のHDDのうちのどれかがクラッシュしたらしい。HDDを1台ずつ外して再起動し、問題のHDDを特定。そのドライブを外すことで無事起動するようになった。
 しかし、このメインマシンもかれこれ6年くらい使っている。2004年に、自作PCマイスターでもあるマンガ家の城久人さんと一緒に秋葉へ行ってパーツをチョイスしていただき、城さんから余っているパーツを譲っていただいて組んだ初めての自作マシンである。 購入当初のスペックは、CPUがCeleron 2.4GHz、メモリ525MB、HDD 160GBだった。その後メモリは1.25GBに増設し、HDDも最終的には合計1.3TBまで増設。しかし組んだ当時ですでに普及機レベルのスペックだったから、今ではすでに3世代前くらいのマシンになってしまい、Webを見るのにも苦労する。YouTubeのHD動画もカクカクしてしまって見られない。それに、使用年数的にもいつ壊れてもおかしくない時期に来ている。

 ということで、まだ使える状態のうちに保険の意味もこめて新マシンへの移行を決意した。
 しかし新品を買うとなると低スペックのマシンでも7~8万円はする。そこでネットオークションをしばらく見ていたところ、ちょっと前のスペックの自作マシンが格安で出品されていた。まあパソコンの出品はたくさんあるから焦ることもないか、などと思いながら気楽に入札したら落札できてしまった。落札価格は送料も含めて約3.5万円。スペックは下記。
CPU : Athlon II X4 635
HDD : 1.5TB
メモリ : 2GB
マザーボード : ASUS M3A
ビデオカード : GeForce 9800GT

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 OSは正規版のWindowsXPがインストール済みだったけど、これからマシンを組むならWindows7でしょう!! ということで、別途OEM版のWindows7 Ultimet を購入してインストールすることにした。Vistaからだとアップグレードインストールが可能なのだが、XPからの場合は新規インストールとなり、XPで使っていた各種設定やアプリは新たに再設定・再インストールが必要になる。
 それにしても、Windowsのインストールも3.1、95、98、XPと思えば何度もやってきているけど、どんどん簡単になってきていて、今ではまったく心配することなくメニューに従うことで、およそ30~40分でインストールが完了した。

 ところが! ここからが大変だった!
 ......と、あれこれ詳しく書こうと思ってたんだけど、面倒になってしまったのと、すべてがグチになってしまうので省略。
 ざっくり書くと、オンボードLANがなぜか認識されずインターネットにつなげないとか、認識した後もほかのPCとの共有がうまくいかないとか、仕事に必須のソフトウェアがWindows7に対応してなくてXPモードにしたけど、それでもだめでどうしようと行き詰まったりとか、いろいろあったんだけど、何とかひとつずつ壁を乗り越えてクリアし、8月下旬、どうにかこうにか使えるようになったのだった(何じゃそりゃ!?)

 ということで、前回以後のお仕事と日常のまとめです。


8/19
 18:30、電車で東京駅へ。今日は新丸ビル内の沖縄料理のお店で、先月刊行された大崎悌造くんの著書『昭和子どもブーム』(学研ビジュアル新書)の打ち上げなのだ~。
 待ち合わせ時間より少し早く着くと、ひとり先に到着していた。「お~田代くん久しぶりっ!!」 彼は僕の学生時代の自主映画仲間で、現在は太極拳の師匠をしている田代幸男くんである。田代くんは今回の本に関わったわけではないが、何と偶然にもこの本の編集をされたY本さんが通う太極拳教室の先生であることがわかり「世の中狭いね~記念」という名目で急きょ今回の打ち上げに飛び入り参加してもらうことになったのだ。
 続いて担当編集のY本さんとS野さんも到着。遅れて大崎くんもやってきて宴会は始まった。といっても何とY本さん以外み~んなお酒を飲まないというメンツであることが判明。このテーブルだけがいささか場違いな感じではありましたが、そんなの気にしない。

 ここで学研からスバラシイ新刊の見本誌をいただいてしまった!!!

4054044085今井科学キャラクタープラモ全集―1959‐1969
伊藤 秀明
学研パブリッシング 2010-08

by G-Tools

 昭和時代の懐かしいイマイのプラモデルをカラーで紹介したムックである。思えばプラモ少年でアニメ少年だった当時、超高額商品をのぞいてほとんど一度は買ったことのあるプラモばかりが並んでいて、ナミダがチョチョ切れそうである。おもちゃは山ほど保存してあるけどプラモは壊れたりホコリまみれになってしまったりしてほとんど捨てちゃったんだよな~。同世代のプラモ少年必買の本であります。

 ということでお酒のほとんど入らない宴は楽しく終わり、ぼくもほんわかした気分で帰途についたのでありました。

8/20
 小学館のウェブサイト「ブックピープル」で公開中の歴史家と漫画家の対談『歴漫対談卍漫史(MANJI)』第2回原稿を執筆する。これは、小学館から刊行される『Jr.日本の歴史』シリーズのプロモーションとして月イチでWeb上で公開される企画で、それの取材と構成をぼくが担当させてもらっているのだ。
 下記で第1回「松本大洋氏vs大石学氏」と第2回「村上もとか氏vs大門正克氏」が公開中なのでよろしければぜひ見てください。

manji01.jpg

『歴漫対談卍漫史(MANJI)』
※クリックすると新しいウィンドウが1枚だけ開きます。

8/21
 午前10:00、電車ではるばる淵野辺へ。今日はここで某社の取材があるのだ。本当は朝早いからフレンディで前日のうちに現地に着いて車中泊しようかと思ったのだが、週末は高速道路の割引きが適用されて混雑が予想されたのと、連日の熱帯夜で眠れないかもという懸念から断念した。今年の夏はフレンディが活躍できないなぁ。しかし取材の方はとどこおりなく終わり、順調に進みそうな予感。

8/24
 今日は勝手に夏休み! 柴又の友人ふたりと一緒に東京ディズニーランドへ行ってきた! ぼくは「暑いからプールにしようよ」とさんざん主張したのだが友人たちがガンとして譲らず、とうとうディズニーランドに決まってしまったのだった。
 それでも行ってみればディズニーランドはやっぱ楽しいね! 外での順番待ちは確かにつらいが、列が進んで室内に入ればエアコンが効いてて思ったより楽で、暑くて死にそうということもなかったです。午前中にファーストパスで「プーさんのハニーハント」と「スペースマウンテン」に乗りさらに2つのアトラクションを制覇。お昼は「カリブの海賊」を眺めながら「ブルー・バイユー・レストラン」でステーキのランチコースをいただいた。
 しかしさすがに午後の2~3時ごろになってバテてきたので、いったん途中退場して駐車場へ戻り、車の中で1時間ほど休憩した。立体駐車場に入れたので屋根付きの場所で、ここは若干涼しくて助かった。
 その後、ふたたびランドへ戻り夜10時のラストまで、た~っぷり一日中遊んできちゃいました。バタンキュ~!!

8/25
 午後、京成高砂駅前で小学館のF田さんと待ち合わせ。近くの喫茶店白十字で学習まんが人物館『西郷隆盛』最終章の打ち合わせ。この本は、クライマックス部分だけが新雑誌『ガクマンプラス』に2号連続で掲載され、その後、冒頭とエピローグを加筆して単行本にするというもの。なので変則的な書き方に最初はけっこう戸惑ったけど、結果的にはなかなか中味の濃いものになったと思います。

8/27
 11:00、電車でお台場へ。日本科学未来館で特別展示されている小惑星探査機「はやぶさ」のカプセルの展示を見る。「おー、これが何億キロも彼方の小惑星へ行って戻ってきたカプセルかー!!」と考えるとはるか宇宙へのロマンをかきたてる素晴らしいアイテムのようでもあり、ただの小さなアルミ鍋のようでもあり......。

8/30
 11:00、電車で八幡山へ。大宅文庫で「G-Diary」連載コラム用の資料調べをする。雑誌記事の執筆ではいつもお世話になっている大宅文庫だが、今回、いくつかの資料をまとめて探したところ、在庫していないといわれた雑誌がけっこうあった。どうやら大宅文庫には1970年代前半の雑誌はあまり揃っていない模様だ。このあたりは早めに調べて古書店なども利用しないと今後困るケースもありそうだ。
 その後、電車で神保町へ移動。集英社編集のI澤氏と打ち合わせ。当初13:00待ち合わせの予定が、大宅文庫で時間を食ってしまったため50分も遅刻してしまった。もちろん早めに電話は入れておいたけど、正直すまんかった。

9/2
 14:00、電車で久米川へ。駅前で編集の某氏と待ち合わせて、某マンガ家さんと打ち合わせ。

 帰宅後、雑誌「G-Diary」の連載コラム『あの日の僕に帰りたい』第43回の原稿を執筆。内容的には悩む部分のない原稿だったんだけど、暑くて集中力が落ちているのでなかなか筆が進まず、仕事は全体的に遅れ気味である。

9/3
 新しいパソコンのソフトの設定などをしていたら、いきなりエアコンの方からボタボタボタッという水の垂れる音が。見るとエアコンから水があふれている!! 連日連夜のハードな稼働で排水管が詰まったらしい。以前、エアコン修理の人が来て見てたので修理方法は分かっているから、あわてず騒がず自分で修理。
 まずコンセントを抜き、ネジを外して本体カバーを取り外す。するとラジエターのようなパーツの下に水受け皿があって、それの下流に排水パイプにつながっている穴がある。その穴にストローを突っ込み、思い切りプーと息を吹き込む。それを何回か繰り返したら、今度は口に水を含み、その水を思い切り穴に吹き込む。プー!! それを何度か繰り返したら、今度はその穴に紙コップで水を注ぎ込んで、屋外の排水パイプからチョロチョロと水が出てくればOK。カバーとコンセントを元に戻して復帰である。ふー。

投稿者 黒沢哲哉 : 16:36 | コメント (0) | トラックバック

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