[Home] [Workshop] [monologue] [Movie] [HongKong] [Toy] [Comic] [UnderGround] [guestbook] [Links] [my profile]

2009年9月

2009年9月18日

青梅レトロタウン探訪、ワイドモニター購入

9/6-13
『龍のおんな』第13話原作第1稿を執筆。当初、順調に筆が進んでいたつもりだったんだけど、8割方書き上げたところで全体を見渡してみたら......、
「な、何じゃこりゃあ~!!」
 何だか、いつの間にか、方向性が全く違う方へ書き進めていたことに気がついた。
 そこで、当初、週末だった締め切りを週明けまで延ばしてもらい、頭から書き直す。

9/14
 午前3:56、ようやく第1稿が完成。今度こそ満足のいく内容になった! メールで原稿を編集部へ送って寝る。
 一夜明けて午後、「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんから電話があり、これでバッチリOKとのこと。しかし今回は2本まとめて書き上げる予定になっているので、引き続き第14話の箱書きにとりかかる。

9/16
 早朝、車で家を出て青梅へ向かう。今日は雑誌「G-Diary」で連載中のコラム『あの日の僕に帰りたい』の取材のため、青梅のあるお店を訪ねるのだ。
 しかし途中、外環の2箇所で事故と故障車があり、大渋滞が発生している。こないだ飯能へ取材に行ったときはガラガラだったのに~。と泣き言を言いつつ下道へ。だけどやっぱりこっちも大渋滞でした。ガクッ。結局、先方へは予定より40分も遅れて到着。
 それでも無事に取材を終え、ちょっと青梅の街を散策することにした。
 この街は昔ながらのレトロな商店や建物がいまも残されており、さらにそこかしこに懐かしい手描きの映画看板が飾られていることで知られている。

20090916a.jpg こうして何気なくカメラを向けた風景にも、昭和30年代の映画看板がさりげなく溶け込んでいる。この『少年探偵団・妖怪博士』は、学生時代に板橋の名画座上板東映で見たなぁ、なんてことも思い出されます。

 また、この街には3つの博物館があります。昭和レトロ研究家でわが盟友の串間努さんが名誉館長をされている『昭和レトロ商品博物館』、赤塚不二夫の原画などが展示されている青梅赤塚不二夫会館、映画看板と昭和レトロな街並みを再現したミニチュアが展示されている昭和幻灯館
 3館それぞれ個別に見学することも可能だが、3館セット券を購入すると900円が700円になって200円お得。もちろん僕は3館とも見学しました。

20090916b.jpg 上の画像は赤塚不二夫会館の館内にある記念撮影スポットで撮ったセルフポートレート。展示台の上にカメラを置いて撮ったのでフレーミングが変だけど、そこはご愛嬌。
 ここに展示されている原画の一部は、先日、銀座の赤塚展で見たものと同じだった。ここから貸し出されていたらしい。またお会いしましたね(笑)。

9/19
 うちのメインPCには、少し前から2台の17インチモニターをつなげてデュアルモニター環境で使用していた。ところがその2台のモニターが2台とも、1か月ほど前から相次いで不調になっていた。スイッチを入れてから画面が表示されるまで5分くらいかかっていたのだ。それが、次第に10分になり、15分になり、1週間ほど前にとうとう1台目が脱落。そして今日、ついに2台目も何も映らなくなってしまったのだ。ネットで検索すると、どうやらこれはインバーターの故障らしい。
 これは新しいモニターを買わねばどうしようもない。ということで、急きょ車に飛び乗って秋葉原へ!
 UDXビルの地下に車をとめて、いつものツクモeX.へ行ってみた。希望は20インチのスタンダードサイズか21.5インチのワイドサイズ。追加条件としてはスピーカー内臓とDVI端子必須、そして文字入力がメインだからノングレア(無光沢)画面であること。だけど店に入ってみたら、何とほとんどすべてのモニターがワイド大画面になっていて、17インチとか19インチなどという今となっては小型のモニターはほとんど置いてないのだった。
 結局、21.5インチモニターの中から上記の条件に当てはまるものを見ると、安いもので17000円くらいから高いもので3万円台くらいまで。結局、価格が22000円程度でポイントが5000円付くということで値段もスペックもほぼ同じI・Oデータの21.5インチワイドと、エイサーの21.5インチワイドに絞られた。
 念のため他店も見てみるか、と道路を渡ってソフマップの方へ向かうが、モニターを買うのはツクモがいいんだよなぁ。というのは追加で1000~2000円くらい払うとドット抜け保証が付けられるからなのだ。通常はある基準以下のドット抜けがあってもメーカー保証の対象外だが、このツクモの追加保証をしておくとドット抜けの場合も1か月以内に3回までなら新品交換してくれるのだ。
 ということでツクモDOS/V館へ入ってみると、eX.にはなかったI・Oデータ社製の21.5インチワイドモニターの白が置いてあった。もういいやこれで(笑)。

20090918.jpg ということで購入したのがこれ。I・OデータのLCD-MF221XWR。本体22,800円に5年間の延長保証とドット抜けなどのパーツ交換補償をつけて25,635円、さらにポイントが5016pt付いた。最初はあと5000円くらい安く買えるかと思っていたので若干予算オーバーだったけど、スペック的には満足です。

 帰宅後、さっそくPCに接続してみた。が、なぜか画面が高解像度で表示されない。そこで画面をいったんVGAに戻してメーカーサイトから最新のグラフィックドライバをダウンロードしてアップデートしてみた。これによってアナログ接続では問題なく高解像度表示ができるようになったが、DVI接続だとワイド画面用の縦横比そのものがメニューに出てこない。かなり古いグラフィックボードなのでDVI接続でのワイド画面解像度をサポートしていないようだ。
 仕方なく、当面はアナログ接続で使用することにした。DVI接続の方が文字入力で目が疲れないんだけどな~。それにしても画面が広いのは快適です。

投稿者 黒沢哲哉 : 21:39 | コメント (0) | トラックバック

このページのトップへ

2009年9月 7日

トキワ荘通り再訪と、赤塚不二夫展

9/4
 電車で高田馬場へ。手塚プロでプロデューサーのI藤さんと次回手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』打ち合わせ。次回締め切りは9月中旬。今度こそ遅れないようにしないと。

 その後、電車で池袋を経由して椎名町へ。以前、手塚治虫公式サイトのコラム『虫さんぽ・トキワ荘周辺』の取材でお世話になった商店街のK出さんにお会いする。K出さんは、地元商店街の世話役として地域振興に尽力されている方で、今度また10月に豊島区でトキワ荘関連のイベントが開かれるので、そのための資料を収集中ということで、ぼくの持っている資料をお貸しするためにうかがったのだ。
 その代わりにというか、こんな素敵なおみやげをいただいてしまった。トキワ荘通り名物 チューダーあめ!!

20090904a.jpg チューダーというのは焼酎のサイダー割りで、トキワ荘にマンガ家が集まっていた当時、マンガ家の寺田ヒロオが考案し、仲間が集まるときに愛飲していたという、トキワ荘伝説の飲み物なのだ。
 トキワ荘通りでは、数年前から、お祭りの際にこのチューダーを復刻販売して好評を得ており、そちらはもう地元では定番の飲み物として定着しているというが、最近になってそのチューダーの風味と味を再現した飴チューダーあめの販売も始めたのだという。トキワ荘周辺のいくつかのお店でのみ販売している地域限定商品だそうなので、食べてみたい方はぜひトキワ荘通りを訪れていただきたい。あめはもちろんノンアルコールなので、お子様やお年寄りにも、ドライブのお供にも最適だ。K出さんによると、寺田ヒロオさんのご子息からは、これ以外にも、トキワ荘に関連したいろいろな地域限定商品のアイデアをいただいたそうなので、いずれそれらも商品化されたらいいですね!!

 K出さんと別れて池袋へ出たので、今日こそ池袋ネオ・チャイナタウンで夕食を食べて帰ることにする。しかし北口周辺をぐるっと歩いてみたものの、どのお店がいいかなかなか選べない。いや、おいしそうなお店はいっぱいあるんだけど、小皿料理のお店とか、居酒屋風のお店ばかりで、ひとりで夕食を食べるようなお店がないのだ。
 このあたりには、ちょっとアダルトなお店もいろいろあるから、ポン引きのニイチャンには何度も声を掛けられるし、耳かきエステの看板の超カワイイお姉さんの写真を見たときには、そのアリ地獄のような吸引力に思わず足元がサラサラと崩れて落ち込みそうになったが、ぎりぎり食欲が勝って脱出に成功した(笑)。

20090904b.jpg ということで北口周辺を歩くこと30分、結局、駅にほどちかい路地の奥のこのお店に入ることにした。欲を言えば店の造りがもっと日本離れしたところが良かったんだけど、店内をのぞくと調理しているのは日本人じゃなさそうだったので本場の味が食べられるかも、とちょっと期待。

20090904c.jpg 食べたのはターローメン(880円)。トロミのついた酸味のあるスープの中に、白菜やチンゲン菜、豚バラ肉などが入ったもの。コクがあるのに酸味がさわやかで、中華料理風の風味も生きた味で美味。これは当りのお店でした!!

9/5-6
 2話連続で原稿を上げることになっている『龍のおんな』の原作を執筆。しかし集中力が湧かず、あまり進まない。うーんうーん。

9/5
 夜、フジテレビ開局50周年記念の特番アニメ『ジャングル大帝』を見る。パンジャとレオのキャラクター設定だけを手塚治虫の原作マンガから引用し、ストーリーは完全なオリジナルだ。

20090905.jpg

©手塚プロ、フジテレビ

 日本人の実業家が海上に人工のジャングル島「ネオジャングル」を築き、そこに世界中の動物を集めて飼育展示する施設を建造しているというのが基本的な設定。まぁ『ジュラシックパーク』ですね(笑)。
 そのジュラ......じゃなくてネオジャングルに連れてこられたパンジャと、このネオジャングルで生まれたレオ。そこに日本人実業家の息子・賢一がからんで物語りは展開していく。
 賢一がなぜか動物と会話ができるという設定は物語の展開上必要不可欠にもかかわらず、それがなぜなのか、その説明がまったくなかったのが消化不良だったのと、アニメーションの動きがイマイチで、とくに動物らしい動きへのこだわりが少なかったことが残念。だけど全体的には、イマ風の設定の中に、『ジャングル大帝』の世界観をうまく当てはめていて、それなりに最後まで楽しめた作品だった。

9/7
 仕事を中断し、電車で銀座へ。ソニービル前でフリーライターのとみさわ昭仁くんと待ち合わせ。とみさわくんとは、20数年前、「週刊少年ジャンプ」で『ファミコン神拳』という企画ページの仕事をしていたときにご一緒させていただいていたのだが、会うのは実に10数年ぶりだ。とみさわくんは、ここ数年間はあるゲーム会社で仕事をしていたが、最近、またフリーになったということで、久々に再会したのだった。
 銀座で待ち合わせたのは、とみさわくんから、今日が最終日の『赤塚不二夫展』のチケットを持っているので一緒に行きませんか、とお誘いを受けたからだったのだ。
 つい先日、久々に赤塚不二夫考案の料理キャベツだけ炒めを食べたばっかりのところへ、3日前には急にトキワ荘通りへ再訪する用事ができ、さらに今日こうして展覧会のお誘いを受けるなんて、何たる偶然だろうか! いや、これは何かの必然なのかも!?

20090907.jpg

赤塚不二夫展の図録とチケット

 会場内は、今日が最終日とあって平日にもかかわらずかなりの人でにぎわっていた。赤塚不二夫というと、『天才バカボン』を評価する人が多いと思うが、ぼくにとっての赤塚マンガの原体験は『おそ松くん』であり、その生原画の展示などはやっぱり魂が震えましたね。ぼくが当時、擦り切れるまで読んだ雑誌や単行本の生原画は神々しさに光り輝いておりました。
 あと収穫だったのは、赤塚不二夫のカラー原画というのが、実はパステル調の淡い色調を多用していて実に繊細だったこと。昔の少年雑誌のカラートビラ絵の多くは光沢のある紙が使われるので、その紙に印刷されると、中間色がトンでしまってコントラストが強く印刷されるらしい。だから、生原画は、ぼくが記憶している赤塚のカラーイラストよりもずっとずっと淡い色調のものだったのだ。
 それから、赤塚不二夫より少し前に亡くなった奥様が秘蔵していたというトキワ荘時代の写真は、まさに秘蔵写真という名前にふさわしい、見たこともないものばかりで驚いた。
 展示方法にも随所に工夫が凝らされていて、それもとてもよかった。例えば入り口を入ってすぐのあたりに赤塚不二夫の略歴を紹介したパネルが掲げられているのはよくある展示方法だが、そのパネルは赤塚の誕生から壮年時代までのことしか書かれていないのだ。では晩年の略歴はどうしたのかというと、ずーーーっと展示を見てきて、ほとんど出口の近くにあるのである。入り口付近ではその前半生だけを紹介し、後半生の略歴は展示を見た後、というストーリー作りは憎い演出でした。
 あと、テレビでも紹介されていた、さまざまな有名人によるシェー写真を集めたコーナーも人気を集めていたが、中には「なぜこの人が?」という人が入っていたりして、人選の根拠が不明だったりした。

 会場では、とみさわくんとも共通の知り合いである某有名ギャグマンガ家さんとバッタリお会いした。いやー、やっぱりギャグマンガを仕事とされている方は、赤塚不二夫はしっかり押さえてるんですね。

 会場を出て、とみさわくんとルノアールで近況報告&情報交換をする。50歳を前にして、会社を辞めてフリーになるというのはかなりの決断だが、すでに若い頃にフリーとしてのキャリアも充分に持っているとみさわくんのことだから、そこは心配していない。ぜひまた一緒に面白い仕事をしましょう、ということで別れたのだった。

投稿者 黒沢哲哉 : 21:56 | コメント (2) | トラックバック

このページのトップへ

2009年9月 3日

お台場ガンダムと、NHKの銀玉鉄砲取材O.A.

8/25
 電車で神保町へ。靖国通り沿いの喫茶店古瀬戸で「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんと、次回『龍のおんな』打ち合わせ。作画の和気一作先生は、現在「週刊漫画ゴラク」でも作品を連載中だが、その作品の連載が近々終了し、次の新連載までの間、1か月くらい間が空くということで、今回『龍のおんな』は2回分をまとめて執筆することになった。ちょうどあと2回原作を書くと単行本2巻の終わりまでくる。それでちょうどキリがいいので、T橋さんと大いに盛り上げましょう、ということになる。

8/26
 深夜、車で買い物に出たついでに、お台場までドライブ。潮風公園に今月いっぱい展示されている実物大ガンダム像を見に行ってきた。

20090826.jpg

 着いたのは深夜1時半ごろだったが、暗い公園内には20~30代くらいの若者たちがたくさん、この像を見に来ていた。来た人の第一声はほとんどが「うお~っ、でけーっ!!」というもの。確かに高さ18メートルというのは、実際に見ると、頭の中で描いていた大きさの1.5倍くらいある印象だ。
 漠然と戦時中のレシプロ戦闘機くらいの大きさをイメージしていたのが、現代のジェット戦闘機くらいの大きさだったというわけ。
 この立像のメイキング映像の中で、富野監督も実際に像が立ったのを見て「いや~、これを見ちゃうと、二足歩行兵器ってのは実現は難しいと思うなぁ」とかつぶやいてたけど、確かにそうかも。こんなデカくて細いのがアニメみたいに動きまくったら、アッという間にぶっ壊れちゃうのではないだろうか(笑)。
 ちなみに上の画像は携帯で撮ったものなので画質最低だけど、もっと鮮明な画像はネットで検索するといっぱい出てくるのでそちらを見てください。
 この像を展示するイベントは8月末で終了したので、9月1日にはもう解体されて撤去されたらしい。しかし分解組み立てが可能なように設計されていて、今後また別の場所で公開される可能性もあるそうです。

 ぼくは、いわゆるガンダム世代ではないのだが、それでもこのお台場のガンダム像を見ていると、心にはさまざまな思いがあふれてくる。例えばそれは、いよいよ懐古ブームが60年代から70~80年代へと移りつつあるなぁ、という寂しさとか。これだけのリアリティある像を1分の1で再現してしまう技術や、ひとつの作品にこれほど思いを注いだ人々の情熱はすごい! ということとか。だけど一方では、そうした世界に誇れるアニメの創造性とか、立体像を製作する高度な技術とか、それらもろもろもろは、実はすべて今がピークで今後の世代へは受け継がれなくなってしまうんじゃないだろうか、という大いなる危惧とか。個人的なことでは、ぼくが学生時代に初めて関わった単行本の仕事がケイブンシャの『ガンダム大百科』の編集で、それからもう30年近くもたってしまったんだ、という感慨とか。
 だけどまぁどれも語りだすと長くなっちゃうから、それはまたの機会に!!

8/30
 私用で上野へ。2時間ほど余裕があったのでアメ横を散策する。あいにくの小雨だったが、多くの人が買い物に来ていた。

20090830.jpg

 子どものころによく通ったモデルガン屋さんや、最近ハマっている台湾食材のお店などを冷やかす。歩いていたら「タラコ1箱500円!」というおっちゃんの声が耳に飛び込んできて、思わずピクッと足が止まったが、これからまだ別の場所へ移動する予定があって、まっすぐ家に帰れないのであきらめた。今度からクーラーボックスを車に常備しておこうかな(笑)。

8/31
 台風がまた関東に接近! ということで、今日は一日外出せず、夕飯は冷蔵庫の残り物で......と思ったら、こんなときに限って何もない。あるのはキャベツだけ。そこで、赤塚不二夫が貧しかったトキワ荘時代によく作ったというキャベツだけ炒めを作ることにした。

20090831.jpg

 用意するものはキャベツと醤油か塩だけ。作り方はキャベツを炒めて醤油か塩で味をつけるだけ。今回は揚げ玉とすき焼きのタレの残りがあったので、それも加えてずいぶんと味がデラックスになった。
 1981年に放送された『NHK特集 わが青春のトキワ荘』という番組で、赤塚不二夫がこのキャベツだけ炒めを作って、かつてのトキワ荘の仲間たちにふるまう場面があったが、他のトキワ荘メンバーたちは、この料理をほとんど覚えていない様子だったのがおかしかった。当時、トキワ荘に暮らしていた石森章太郎や藤子不二雄らは、赤塚より先にマンガ家として売れてしまい、最後に売れたのが赤塚だったから、きっと貧乏してキャベツだけ炒めをしょっちゅう食べていたのは赤塚だけだったのかも知れない。

参考リンク:
 手塚治虫公式サイト
 虫さんぽ・トキワ荘編(前編)
 虫さんぽ・トキワ荘編(後編)
 ※新しいウィンドウが1枚だけ開きます。

9/2
 先日、NHKの朝の番組『おはよう日本』の『街角情報局』というコーナーの取材を受け、その放送が今朝あった

20090902a.jpg

 銀玉鉄砲の老舗メーカーセキデンの関係者から「ユーザーとしてNHKの取材を受けてもらえないか」という連絡をいただいたのは先月のこと。レトロおもちゃ仲間のさんが最初連絡を受けて、ぼくを紹介してくれたという。銀玉鉄砲の取材ならぜひ! ということでお受けして、台風の合い間を縫って撮影は終了していた。さて、どんな放送になっているかな。

20090902b.jpg

 取材の内容は、銀玉鉄砲のファン代表として、先ごろ復刻された銀玉鉄砲の遊び方を紹介し、その魅力を語って欲しいというものだった。そこでおもちゃ博物館オーナーのさんと、そのお子さんにも一緒に出演してもらい、江戸川河川敷の公園で撃ち合いをやったり、的当てをやったりして遊んだのだ。

20090902c.jpg

 取材の際には銀玉鉄砲のカスタマイズ法とか、昔の銀玉鉄砲との比較とか、いろいろ語ったり実践したりしたんですが、そういう部分はほとんどカットでした。放送時間約5分というのは聞いていたんですが、5分てほんとに短いのね。
 しかし、実に数十年ぶりにKさんや子どもたちと一緒に銀玉鉄砲で撃ち合いゴッコをしたら、やっぱ大人でも楽しいぞ、これは!!
 恥と外聞がなければ、仲間を呼んでぜひまたやりたいところですが、誰も乗ってくれないだろうなぁ~(笑)。

 と、そうこうしている間も、決して遊んでいたわけではない。締め切りに追われてヒーヒーしたり、蒸し暑さでグッタリしていたりして、7月初めに取材したのに今ごろやっと原稿を書き上げた、手塚治虫公式サイトのコラム『虫さんぽ』の最新記事が本日公開されました~!!

20090902d.jpg

 今回散歩をしてきたのは埼玉県飯能市。26年前、ここに鉄腕アトムの銅像が立てられた。その26年前の除幕式には、ぼくも取材に駆けつけていた。26年ぶりに訪れた飯能で、今回は、当時アトム像を企画された野口勲さんに案内をしていただき、飯能周辺の手塚治虫ゆかりの場所を歩いてきた。後編は9月18日ごろ公開予定。そちらもぜひ見てね!!
※上の画像をクリックすると『虫さんぽ・飯能編(前編)』が別ウィンドウで開きます。

投稿者 黒沢哲哉 : 00:52 | コメント (2) | トラックバック

このページのトップへ
2009年8月 | メイン | 2009年10月