Top 柴又名画座 No.173 Back
『黒い雨』 (1989年 今村プロ=林原グループ)

監督/今村昌平
原作/井伏鱒二
脚本/石堂淑朗、今村昌平
撮影/川又昂
美術/稲垣尚夫
音楽/武満徹
出演/田中好子、北村和夫、市原悦子、沢たまき、三木のり平、小沢昭一、小林昭二
モノクロ スタンダードサイズ 123分
 井伏鱒二が1966年に発表した同題のベストセラー小説を原作とした、原爆被爆者の悲劇を描いた映画である。
 1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下された。矢須子(田中)は、叔父夫婦(北村・市原)の家へ向かう途中の瀬戸内海の小舟の上でその閃光を見、黒い雨を浴びた。その黒い雨が原爆の起こした上昇気流によって発生したものであり、多量の放射能が含まれていたということが分かったのはのちのことだ。
 大混乱の中で矢須子は奇跡的に叔父夫婦と会うことができ、3人は叔父の会社を目指して阿鼻叫喚の地獄と化した広島市内を徒歩で横断する。
 そして終戦から数年後、矢須子は広島郊外にある叔父の家で生活をしていた。叔父は矢須子を嫁に出そうとするが、被爆者であることがわかると縁談はことごとく破談となった。また彼らの周りでも、親しい人々が原爆症で次々と命を落としていった。
 今村監督一流の粘着質な描写もこの作品ではいまだ衰えておらず、適度な誇張も交えた登場人物それぞれの個性が際立って実に魅力的に描かれている。またそれだけに、それらの人々があっけなく命を落としていくシーンの空虚感も強調されていて見事だ。
 カンヌ映画祭ではグランプリ本命と目されていて、日本でも大々的に報道されたが、惜しくも受賞を逃した。やはり欧米人にとっては原爆というテーマが重すぎたのだろうか。
 ところで、ぼくが雑誌などの原稿を書くとき、ほんの10年ほど前までは“戦後”という言葉を何気なく使っていた。しかし最近はこの“戦後”という言葉を使うのをためらうこともよくある。この言葉が読者にどれくらい認知されているのかが分からないからだ。戦後とはいつの戦争の後を指しているのか。そもそも日本にいつ戦争があったのか、戦後50数年。すでに知らない人が多いことが分かってきたからだ。
 ここで日本の戦争についての教育の不備を語ってもしょうがないのだが、少なくともほんの50数年前、日本に戦争があったことを知らないというのは問題ではないだろうか。雑誌の原稿も書きにくいし。
 そうした意味で、この映画が製作された1989年という年も、すでにその太平洋戦争からかなりの年月が経っており、当時を知る人の考証に基づくリアリティのある原爆被爆者の描写をするにはギリギリの時代だったのではないだろうか。

(2001/08/28)


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