2011年9月 6日
残暑バテに、にんにくガッツリパスタ2種
このところ夏バテのようで昼からだるい。いや、もうセミの鳴き声もとっくにしなくなって残暑の季節なので、残暑バテか。
ともかく、こんなときはにんにくたっぷりのスタミナ料理が効くハズ。ということで、ネットで検索したところ、にんにくをたっぷり使った自家製ミートソースの作り方がヒットした。さらに別のサイトを見るとミートソースの隠し味に粗挽きウインナーを使うとウマいという情報がヒット。よ~し、今夜はこれらをアレンジして自家製ミートソース・スパゲティに挑戦だっ!!
第1夜(自家製ミートソース・スパゲティ)
【材料(3人前)】
牛豚合い挽き肉200g
トマトホール缶1缶
粗挽きウインナー2~3本
たまねぎ中1個
生トマト中1個
ピーマン1個
セロリ1本(葉っぱも入れる)
にんにく3~4片
オリーブオイル
塩
胡椒
まずは材料をみじん切りする。ただしトマトとピーマン、セロリは後から入れるので別にしておく。
熱したフライパンにオリーブオイル大さじ2杯ほどを入れ、挽肉を投入。ほぐしてパラリとしてきたら、にんにく、たまねぎ、粗挽きウインナーを加え、中火でじっくり炒める。
全体がなじんできたところで生トマト、セロリ、ピーマンを投入。少し炒めてしんなりしたところでさらにトマト缶を投入。木ベラで缶のトマトをこまかく切り、あとはすりつぶすようにしながら炒める。
中火でじっくり炒めて全体がなじんできたところで弱火にして30~40分、そのまま汁気がなくなるまで炒める。ここで塩胡椒を入れ、味見をする。ウインナーから塩気が出ているので塩を入れすぎないように。
茹でたパスタに乗せて完成! ウインナーのスモーク風味が香ばしくて美味でした。ただし今回は、ウインナーを中途半端に残してもしょうがないと思って1袋丸ごと入れてしまったら、その食感が若干強すぎた。やっぱりレシピ通り2本くらいで十分なようです。
それと、今回は男っぽくガツガツ食べて元気が出したかったので、あえて野菜はザク切りにしたんだけど、これだとやはり若干大きすぎた感じ。これの2/3くらいが適度な食感があり、パスタともなじみやすかったようだ。
上記レシピで大盛り3人前くらいたっぷりできるので、残ったらタッパに入れて冷蔵庫へ。これで1週間くらいもちます。冷凍すれば1か月はOK!
第2夜(アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ)
【材料(1人前)】
にんにく2~3片
パセリ
刻み唐辛子
オリーブオイル
塩
胡椒
前夜のにんにくがまだ残っているので、それを使って今夜もパスタ料理。こちらはおなじみのアーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノを作ることにした。下ごしらえは実に簡単。にんにくとパセリをみじん切りにする。これだけ! 本来なら唐辛子も生のものを買ってきて自分で刻んだ方がおいしいが、今回は手抜きをしてカット済みのものを買ってきた。パセリも西洋パセリ(イタリアンパセリ)の方が本格的でおいしいけど、ぼくはたいていふつうのパセリを使っちゃいます。
紹介が遅れましたがパスタは、ドン・キホーテで買ってきたトルコ産の1.6mm。500g88円の激安品だけど、茹で時間さえきちんとすればぼく的にはなかなかのお味です。
でもってもう完成!
というのもアレなので、作り方をざっと紹介すると、まずパスタを多めの塩で茹でる。パスタは1.6mm以下の細めのものが合う。
一方で熱したフライパンにオリーブオイルを大さじ3~4杯ほど入れ、そこにニンニクと唐辛子を投入。弱火でにんにくの香りと唐辛子の辛みがオイルにしみ出すようにじっくりと炒める。
と、ここでパスタの茹で汁を大さじ2杯ほど投入し手早くかき混ぜる(油はね注意)。するとオイルと茹で汁が混ざって白っぽくなりトロみが出る。
このタイミングでパスタが茹であがっているのがちょうどいい。
フライパンの火を消し、パスタを投入。フライパンを揺するようにして、汁がパスタになじむように手早く混ぜ合わせる。ここでさらに茹で汁を大さじ3~4杯ほど入れるとスープがなじみやすく味もしっかりする。最後にほんのちょっと塩胡椒をかけ、お皿に盛りつけてパセリを乗せて完成です。
んー、2日連続のにんにくパスタで元気出たぞ!
みなさんも残暑バテをにんにくパワーで乗り切ってください!!
投稿者 黒沢哲哉 : 02:05 | コメント (2) | トラックバック
2009年12月31日
さらばウェンディーズ&チリ
地獄の年末進行と、52歳の誕生日、ウェンディーズ閉店、涙のラストチリなどなど。
12/11
ツィッター始めてみました。手塚プロのI藤さんとの打ち合わせの席で話題になって、「ぜひやってみてくださよ!」としきりに薦めるので、どんなものか試してみようかなと。このブログのトップページの右上にアイコン貼ってあります。けど、まだうまく使い方が分からず、あまりハマらなそうだなぁ(笑)。
12/15
小学館の学習図鑑の仕事が年末の仕事納めを控えて巻きに入ってきた。企業やプロダクションに電話をしまくり、企画書を送り、写真の借用をお願いする。
インターネットが普及している今ではほとんどの会社が写真をメールで送ってくれるが、会社によっては「こちらまで来て選んでください」とか「紙焼き写真を手渡ししますので取りに来てください」というところがあるのだ。
14:00、電車で麹町へ。A社で写真のセレクトをする。
16:00、電車で西新宿へ。B社で写真とイラスト原画をお借りする。
17:00、この日はあとは帰宅するだけなので、ある目的を果たすために、少し距離があるけど、徒歩で新宿南口をぐる~っと回って東口へと向かう。
向かった先は、そう! ハンバーガーショップウェンディーズである!!
つい先日、親会社のゼンショーがいきなり年内閉店を発表。ネットの掲示板に激震が走った。かくいうぼくもジャンクフードの中ではいちばん好きだったのにぃ。ウェンディーズのハンバーガーは、マックやロッテリアよりは若干値段が高いけどパティがジューシーで厚切りのトマトが美味しかったのだ。
そして、何といってもウェンディーズといえばチリ!! 挽き肉と豆をトマトソースで煮たものにスパイシーなホットチリソースをかけて食べるチリはウェンディーズの定番メニューだったのに、これがもう食べられなくなってしまうなんて(涙)(涙)(涙)。
まぁ、そう言いつつも最近はあまりウェンディーズにも立ち寄らなくなっていたんですけどね。
西新宿から歩くこと15分、新宿東口のウェンディーズに到着した。レジは3箇所開いていたが、それぞれに10人以上の行列が出来ていた。ただ店内の席は空席もたっぷりあって空いており、やはり駆け込み需要で急にお客が増えてレジがさばききれていないだけのようだ。ちょっぴり憐れみを誘う状態。
ということで待つこと数分。ウェンディーズチーズバーガーとチリを注文。久々に来たからメニューのシステムが変わっていて驚いた。今はトッピングのチーズとオニオンは選べなくなってしまったんですね。代わりにポテトにもかけられるチーズソースがあったのでそれをセレクトした。
んー、ひさびさに食べるこの味。確か昔はピーマンは入っていなかったと思うんだけど、今はみじん切りにしたピーマンも入っていた。あと豆は赤福豆だけでなくて大豆も使用している。
しかし味は昔と変わらずやっぱりこの味ですよ。さようならウェンディーズのチリ。
ちなみにうちのブログで、検索でもっともアクセスが多いページが、2年前に書いたウェンディーズ風のチリをおうちで作ってみたときのエントリー(下記)。こんなにウェンディーズのチリを愛している人がいるのにこの味をなくしてしまっていいのかああっ!?
2008年1月24日のエントリー:チリビーンズの作り方
※新しいウィンドウが1枚だけ開きます。
12/18
日本文芸社からコミックス『龍のおんな』第2巻が発売。我が家にも見本が届いた。
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先月の第1巻と今月の第2巻で2か月連続発売。これはもちろん、来年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』のヒットに期待しての戦略的発行である(笑)。
12/19
年末進行のあわただしさの中、52歳の誕生日を迎えた。
土曜日だったので、近所に住む幼なじみの美人姉妹が手作りのバースデーカードを持ってお祝いにかけつけてくれた。そこで一緒に近所のケーキ屋さんへケーキを買い出しに行き、お祝いをしてもらった。
買ったのは新柴又駅近くにある超人気のケーキ店ビスキュイのいちごたっぷりストロベリーデコレーションケーキ。ちょうどクリスマスが近いこともあって店内はお客さんでごった返していた。
しかしここのケーキは生クリームがふわっふわでスーッと鼻に抜ける香りが抜群に良く、一度食べると止まらなくなるおいしさなのだ。
ということで食べ始めたら猛然と食べ、このデコレーションケーキを3人であっという間に平らげてしまった。その後、ぼくはひとり寂しく仕事に戻りましたとさ。とんとかいも。
深夜12:00、誕生日にあまりガシガシ仕事をするのもアレな気がしてきたので、仕事を放棄して深夜のドライブへ。三郷から常磐道に乗ってあてもなく北上し、途中のパーキングエリアに立ち寄ったら、立ち木がライトアップされていてとてもきれいだった。うむ、こんな誕生日もなかなか良いものです。
12/21
な、何と年末のこの時期に狙いすましたようにプリンターが故障。そんなばかなー!! と思ってあれこれやってみても結局作動せず。大急ぎで近所のコジマへ行き、目に付いたプリンターを速攻で購入する。買ったのはエプソンの新製品、カラリオEP-302。
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スキャナーは単体で持っているから最近の多機能プリンターは必要なく、シンプルでそこそこの性能を持ったものを選んだらコレになった。本当はエプソンはインクが目詰まりしやすいという評判で、確かにしばらく使っていないとヘッドクリーニングばかりしていてインクがドンドン減っていく。
なので次はキヤノンを買ってみるつもりだったんだけど、すぐに使う必要があったので、各種設定に時間を取られているヒマがなく、またエプソンを選んでしまった。うう。
値段はコジマで14000円ほど。しかし何と最初に装着されているインクはハーフサイズで半分の容量しか入っていないのだという。結局、6000円近いインクセットも購入。5年間のショップ保証にも入ったら結局2万円ちょっとになってしまった。
さて設置して印刷した感想は。これまで使用していたエプソンのカラリオPM-G700との比較では、EP-302の方が作動音が若干高音で耳につく感じがする。しかし印刷スピードはかなり速くなっており、特に後述する年賀状のカラー印刷ではかなりの時間短縮になった。
PM-G700とくらべて機能的に劣ってしまった部分は、PM-G700では名刺サイズの紙が印刷できたのだが、EP-302はカードサイズが最小で名刺印刷ができなくなってしまったこと。ただし印刷後にカットするA4サイズの名刺用紙は使用できる。
あとCDやDVDへの印刷では、EP-302の場合、排紙トレーをいちいち取り外してCD・DVD用の位置に差し替えなければいけないこと。
そして、ものすごくウザくなったのがプリンタドライバソフトである。市販の互換インクを使わせたくないから、インストール中にもやたらと「純正インク」を使用するよう強要するメッセージが出たり、印刷経過の表示ウインドウやインク切れ通知ウインドウにはオンラインでインクを購入するボタンなどというものがデカデカと表示される(しかもウインドウ全体との統一感を全く考慮していない下品な黄色いボタン!)。
あーもう! いいかげんプリンタ本体をタダ同然の激安で投げ売りしてその分をバカ高いプリンタインクで儲けようとする商法はやめてくんないかな!!
ちなみに壊れたPM-G700は、廃品回収の軽トラックに、壊れたDVDプレーヤーと込みで800円で持っていってもらった。
12/21-24
「別冊漫画ゴラク」連載中の『龍のおんな』第16話の原作を執筆。今月はかなり遅れてしまったが、編集担当T橋さんの方も忙しいのか、さいそくの連絡がないのをいいことに、いよいよ延ばせないところまでやってきた。
ということで、他の仕事を中断してこの原作に集中。5日でようやく完成した。
12/25
16:00、電車で神保町へ。いつもの喫茶店古瀬戸で「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんと次回打ち合わせ。
18:00、電車で新宿へ。京王プラザホテルで開かれた手塚プロの忘年会に出席する。代表の手塚眞くんは、多くのお客さんへのあいさつがあったので、ちょっと話しただけで、あとは学生時代からの友人で脚本家のK林くんやY村さんらとずっと歓談していた。
しかし今年はビンゴ大会用にスポンサーから提供された景品が山盛りで、何と2時間半のパーティ時間のほとんどがビンゴ大会に費やされていた。おかげで会話をしていてもビンゴが気になって気になって(笑)。結局、話し足りなかったので、パーティの後、3人で近くのスタバに入り、お茶をして帰りました。あ、ちなみにビンゴは今年も何も当りませんでした。うう......。
12/26-28
年賀状を作成。今年の作成枚数は去年と同じ300枚。買ったばかりの新品プリンターで印刷も快調快調! 内容はお楽しみに!!
12/29-31
仕事納めの28日に向けて連日、ジャンジャンかかってきていた電話とバンバン届いていたメールもピタッと止まり、ときたまかかってくるのは、年明けに開催される小学校の同窓会の連絡だとか、そういうプライベートなものばかり。
静かな中で原稿書きに集中......と思ったのだが、年末ともなると何かと雑用があって、灯油を買いにいったり、銀行へ家賃を振り込みにいったり、あーーもう!! 落ち着いて仕事をさせてくれーーーーっ!!
投稿者 黒沢哲哉 : 20:17 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月11日
展覧会めぐりとバングラデッシュ料理
11/25-26
ミリオン出版の原作第1稿を執筆。メールで編集部へ原稿を送ると、折り返し、T根編集長から電話があり、全体に情報が整理されていかなった部分を鋭く指摘されてしまった。それで数日時間をいただき、第2稿を書くことになった。
11/30
雑誌「G-Diary」のコラム『あの日の僕に帰りたい』第34回の原稿を執筆。しかし物置にあるハズの資料がまたまた見つからず、途中、仕事を中断して大捜索を行なう。結局、2時間の捜索の末、探していた資料とともに、別の探し物も見つかった(汗)。
昔は、物をなくして探すなんてことはめったになかったんだけど、最近は、つい先日買ったばかりの本が見つからずにあちこち探したりすることもあって情けない。
12/01
ミリオン出版の原作第2稿を執筆。本当は月曜締め切りだったんだけど、1日遅れてようやく第2稿が完成。メールで編集部へ送る。
編集長T根さんから電話があり、これでOKとのこと。何とか間に合った。
12/05
12:00、電車で本郷三丁目へ。学生時代の友人で出版社編集のI沢くんと待ち合わせ。文京ふるさと歴史館で明日まで開催の『実録!"漫画少年"誌 -昭和の名編集者・加藤謙一伝- 』展を見学する。本当は仕事が忙しかったので「行けないかな~」と思っていたんだけど、I沢くんから電話をもらい、その話の流れで行くことになったのだ。
初めて来たけど、こじんまりとしていて静かでなかなかいい建物だった。
展示の方は、テーマである漫画少年とその編集長・加藤謙一のみでなく、文京区の出版社の系譜とか、現在に続くマンガブームの流れなども概観されていて興味深かった。
展示品には「当館蔵」とクレジットされているものも多く、マンガ関連の資料の収集にも力を入れていることが分かる。
その後、I沢くんと一緒に電車で池袋へ移動。イタリアンレストランでピザとパスタの遅い昼食を食べて、今度は豊島区立郷土資料館へ。こちらも明日まで開催の『トキワ荘のヒーローたち』展を見る。ぼくはオープニングの日にすでに見ていたが、あのときはあわただしくてじっくり見られなかったので、こちらも落ち着いて見られてよかった。
14:00過ぎ、郷土資料館を出て徒歩で椎名町へ向かう。このあたりまでは曇り空だったのだが、歩いているうちに天気予報どおり雨が降り出し、椎名町駅に着いたころには本降りの雨となっていた。
雨の中、南長崎の元トキワ荘周辺を散策する。元トキワ荘の斜め前には赤塚不二夫がトキワ荘を出て新たに借りたという紫雲荘というアパートが当時のままに残されている。
そしてここも、今回のトキワ荘展と連動して、かつて赤塚不二夫が暮らした部屋が、事前予約制で一般公開されていたのだ。ぼくとI沢くんは予約していなかったんだけど、前を通りかかってもの欲しそうな顔をしていたら(?)、紫雲荘前に立っていた案内の人が「いま予約された方が遅れていて空いてますので、よろしかったらどうぞ」といって特別に入らせてくれた。ぼくは取材のときも入っているんだけど、今回は人が少なくてゆっくり見られたし、I沢くんは初めてだったのでラッキーでした。
そして南長崎花咲公園にある「トキワ荘のヒーローたち」記念碑へ。あれ? 何だか雰囲気が変わっているゾ、と思ったら記念碑の横に街灯が建っていた。後日、以前、取材の際にお世話になった地元商店街のK出さんに電話でお聞きしたら、今回のイベントに合わせて10月に新たに建てたのだそうだ。
しかしただ照明を付けても面白くないので、ということで、ご覧のとおり、トキワ荘の住所看板の付いた裸電球の街灯になった。これはgoodアイデアですね!!
別の角度から。電柱の追加で、トキワ荘の記念碑にもリアリティが増したような気がします。
その後、雨の中、ふたたび徒歩でこんどは目白まで歩く。目白駅前の紀子さまがよく通ったという喫茶店に入り、お茶をする。回りは山の手のおばさまたちばかりで、男二人のグループは何となく浮いているがまあ気にしない(笑)。
ここでI沢くんと別れて帰宅。
12/07
手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』第7回の原稿を執筆。
12/08
15:00、電車で神保町へ。小学館クリエイティブ編集のT森さんと学習図鑑打ち合わせ。こちらも何だかんだあって遅れぎみだ。T森さんから、「年末が近づいているので、なるべく巻きで資料集めお願いします」と言われた。はい......。
12/09
10:00、愛車ボンゴフレンディをいつもの関東マツダ葛飾青戸店へ持ち込み、車検をお願いする。こちらについては後日、整備手帳で詳述します。
12/10
15:00、電車で高田馬場へ。手塚プロでプロデューサーのI藤さんと手塚治虫公式ホームページの企画打ち合わせ。読者参加型の企画を強めたいということでアイデアを出し合う。
その打ち合わせの中で Twitter の話になり、I藤さんはTwitterにハマっているんだそうで、「黒沢さんもぜひやってみてくださいよ!」と薦められた。んー、でも mixi もそんなにハマてないしなぁ......と最初はあんまり乗り気じゃなかったんだけど、やってみないことには面白いかどうかも分からないから、とりあえずやってみることにする、と返事した。
手塚プロを出て電車で東銀座へ。昭和通沿いの喫茶室ルノアールで、いそっぷ社社長S藤さんと待ち合わせ。先日、電話で話をした際に、年の瀬のあいさつがてら食事でもしましょう、という約束をしていたのだ。
ルノアールで近況交換をした後、S藤さんの案内で行ったのはバングラデッシュ料理のお店。バングラデッシュ料理というのを食べたのは初めてかも知れないけど、だいたい皆さんが想像つくとおりインド料理に近い感じ。だけどナンのように窯で焼いた平たい円盤状のパンは韓国のチヂミのようにモチモチしていたり、カレーのスパイスもインド料理とは微妙に違っていて興味深かった。バングラデッシュ料理、なかなかイイです!!
そして、中でもとりわけ感動したのがこのシェマイという料理。そうめんのような細い麺を牛乳で煮たものなんだというが、な、なんとその風味が、昔給食で出た脱脂粉乳のミルクの香りそのままなのだ!! うわー、あの香りにこんなところで再会できるとは~~~っ!! 実は食べてるときは、すぐに何の香りに似てるのかが思い出せず、「この香り、どこかで嗅いだ気がするんですよ~」と言ってたんだけど、後から「そうだ! アレは脱脂粉乳ミルクの匂いだったんだ!!」と思い出したのだった。
シェマイ! 脱脂粉乳世代の皆さんバングラデッシュ料理を食べる機会があったときは、ぜひ注文してみてください。懐かしさで涙がちょちょぎれますょ!! シェマイ!!
投稿者 黒沢哲哉 : 18:14 | コメント (0) | トラックバック
2009年9月 7日
トキワ荘通り再訪と、赤塚不二夫展
9/4
電車で高田馬場へ。手塚プロでプロデューサーのI藤さんと次回手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』打ち合わせ。次回締め切りは9月中旬。今度こそ遅れないようにしないと。
その後、電車で池袋を経由して椎名町へ。以前、手塚治虫公式サイトのコラム『虫さんぽ・トキワ荘周辺』の取材でお世話になった商店街のK出さんにお会いする。K出さんは、地元商店街の世話役として地域振興に尽力されている方で、今度また10月に豊島区でトキワ荘関連のイベントが開かれるので、そのための資料を収集中ということで、ぼくの持っている資料をお貸しするためにうかがったのだ。
その代わりにというか、こんな素敵なおみやげをいただいてしまった。トキワ荘通り名物 チューダーあめ!!
チューダーというのは焼酎のサイダー割りで、トキワ荘にマンガ家が集まっていた当時、マンガ家の寺田ヒロオが考案し、仲間が集まるときに愛飲していたという、トキワ荘伝説の飲み物なのだ。
トキワ荘通りでは、数年前から、お祭りの際にこのチューダーを復刻販売して好評を得ており、そちらはもう地元では定番の飲み物として定着しているというが、最近になってそのチューダーの風味と味を再現した飴チューダーあめの販売も始めたのだという。トキワ荘周辺のいくつかのお店でのみ販売している地域限定商品だそうなので、食べてみたい方はぜひトキワ荘通りを訪れていただきたい。あめはもちろんノンアルコールなので、お子様やお年寄りにも、ドライブのお供にも最適だ。K出さんによると、寺田ヒロオさんのご子息からは、これ以外にも、トキワ荘に関連したいろいろな地域限定商品のアイデアをいただいたそうなので、いずれそれらも商品化されたらいいですね!!
K出さんと別れて池袋へ出たので、今日こそ池袋ネオ・チャイナタウンで夕食を食べて帰ることにする。しかし北口周辺をぐるっと歩いてみたものの、どのお店がいいかなかなか選べない。いや、おいしそうなお店はいっぱいあるんだけど、小皿料理のお店とか、居酒屋風のお店ばかりで、ひとりで夕食を食べるようなお店がないのだ。
このあたりには、ちょっとアダルトなお店もいろいろあるから、ポン引きのニイチャンには何度も声を掛けられるし、耳かきエステの看板の超カワイイお姉さんの写真を見たときには、そのアリ地獄のような吸引力に思わず足元がサラサラと崩れて落ち込みそうになったが、ぎりぎり食欲が勝って脱出に成功した(笑)。
ということで北口周辺を歩くこと30分、結局、駅にほどちかい路地の奥のこのお店に入ることにした。欲を言えば店の造りがもっと日本離れしたところが良かったんだけど、店内をのぞくと調理しているのは日本人じゃなさそうだったので本場の味が食べられるかも、とちょっと期待。
食べたのはターローメン(880円)。トロミのついた酸味のあるスープの中に、白菜やチンゲン菜、豚バラ肉などが入ったもの。コクがあるのに酸味がさわやかで、中華料理風の風味も生きた味で美味。これは当りのお店でした!!
9/5-6
2話連続で原稿を上げることになっている『龍のおんな』の原作を執筆。しかし集中力が湧かず、あまり進まない。うーんうーん。
9/5
夜、フジテレビ開局50周年記念の特番アニメ『ジャングル大帝』を見る。パンジャとレオのキャラクター設定だけを手塚治虫の原作マンガから引用し、ストーリーは完全なオリジナルだ。

日本人の実業家が海上に人工のジャングル島「ネオジャングル」を築き、そこに世界中の動物を集めて飼育展示する施設を建造しているというのが基本的な設定。まぁ『ジュラシックパーク』ですね(笑)。
そのジュラ......じゃなくてネオジャングルに連れてこられたパンジャと、このネオジャングルで生まれたレオ。そこに日本人実業家の息子・賢一がからんで物語りは展開していく。
賢一がなぜか動物と会話ができるという設定は物語の展開上必要不可欠にもかかわらず、それがなぜなのか、その説明がまったくなかったのが消化不良だったのと、アニメーションの動きがイマイチで、とくに動物らしい動きへのこだわりが少なかったことが残念。だけど全体的には、イマ風の設定の中に、『ジャングル大帝』の世界観をうまく当てはめていて、それなりに最後まで楽しめた作品だった。
9/7
仕事を中断し、電車で銀座へ。ソニービル前でフリーライターのとみさわ昭仁くんと待ち合わせ。とみさわくんとは、20数年前、「週刊少年ジャンプ」で『ファミコン神拳』という企画ページの仕事をしていたときにご一緒させていただいていたのだが、会うのは実に10数年ぶりだ。とみさわくんは、ここ数年間はあるゲーム会社で仕事をしていたが、最近、またフリーになったということで、久々に再会したのだった。
銀座で待ち合わせたのは、とみさわくんから、今日が最終日の『赤塚不二夫展』のチケットを持っているので一緒に行きませんか、とお誘いを受けたからだったのだ。
つい先日、久々に赤塚不二夫考案の料理キャベツだけ炒めを食べたばっかりのところへ、3日前には急にトキワ荘通りへ再訪する用事ができ、さらに今日こうして展覧会のお誘いを受けるなんて、何たる偶然だろうか! いや、これは何かの必然なのかも!?

会場内は、今日が最終日とあって平日にもかかわらずかなりの人でにぎわっていた。赤塚不二夫というと、『天才バカボン』を評価する人が多いと思うが、ぼくにとっての赤塚マンガの原体験は『おそ松くん』であり、その生原画の展示などはやっぱり魂が震えましたね。ぼくが当時、擦り切れるまで読んだ雑誌や単行本の生原画は神々しさに光り輝いておりました。
あと収穫だったのは、赤塚不二夫のカラー原画というのが、実はパステル調の淡い色調を多用していて実に繊細だったこと。昔の少年雑誌のカラートビラ絵の多くは光沢のある紙が使われるので、その紙に印刷されると、中間色がトンでしまってコントラストが強く印刷されるらしい。だから、生原画は、ぼくが記憶している赤塚のカラーイラストよりもずっとずっと淡い色調のものだったのだ。
それから、赤塚不二夫より少し前に亡くなった奥様が秘蔵していたというトキワ荘時代の写真は、まさに秘蔵写真という名前にふさわしい、見たこともないものばかりで驚いた。
展示方法にも随所に工夫が凝らされていて、それもとてもよかった。例えば入り口を入ってすぐのあたりに赤塚不二夫の略歴を紹介したパネルが掲げられているのはよくある展示方法だが、そのパネルは赤塚の誕生から壮年時代までのことしか書かれていないのだ。では晩年の略歴はどうしたのかというと、ずーーーっと展示を見てきて、ほとんど出口の近くにあるのである。入り口付近ではその前半生だけを紹介し、後半生の略歴は展示を見た後、というストーリー作りは憎い演出でした。
あと、テレビでも紹介されていた、さまざまな有名人によるシェー写真を集めたコーナーも人気を集めていたが、中には「なぜこの人が?」という人が入っていたりして、人選の根拠が不明だったりした。
会場では、とみさわくんとも共通の知り合いである某有名ギャグマンガ家さんとバッタリお会いした。いやー、やっぱりギャグマンガを仕事とされている方は、赤塚不二夫はしっかり押さえてるんですね。
会場を出て、とみさわくんとルノアールで近況報告&情報交換をする。50歳を前にして、会社を辞めてフリーになるというのはかなりの決断だが、すでに若い頃にフリーとしてのキャリアも充分に持っているとみさわくんのことだから、そこは心配していない。ぜひまた一緒に面白い仕事をしましょう、ということで別れたのだった。
投稿者 黒沢哲哉 : 21:56 | コメント (2) | トラックバック
2009年9月 3日
お台場ガンダムと、NHKの銀玉鉄砲取材O.A.
8/25
電車で神保町へ。靖国通り沿いの喫茶店古瀬戸で「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんと、次回『龍のおんな』打ち合わせ。作画の和気一作先生は、現在「週刊漫画ゴラク」でも作品を連載中だが、その作品の連載が近々終了し、次の新連載までの間、1か月くらい間が空くということで、今回『龍のおんな』は2回分をまとめて執筆することになった。ちょうどあと2回原作を書くと単行本2巻の終わりまでくる。それでちょうどキリがいいので、T橋さんと大いに盛り上げましょう、ということになる。
8/26
深夜、車で買い物に出たついでに、お台場までドライブ。潮風公園に今月いっぱい展示されている実物大ガンダム像を見に行ってきた。

着いたのは深夜1時半ごろだったが、暗い公園内には20~30代くらいの若者たちがたくさん、この像を見に来ていた。来た人の第一声はほとんどが「うお~っ、でけーっ!!」というもの。確かに高さ18メートルというのは、実際に見ると、頭の中で描いていた大きさの1.5倍くらいある印象だ。
漠然と戦時中のレシプロ戦闘機くらいの大きさをイメージしていたのが、現代のジェット戦闘機くらいの大きさだったというわけ。
この立像のメイキング映像の中で、富野監督も実際に像が立ったのを見て「いや~、これを見ちゃうと、二足歩行兵器ってのは実現は難しいと思うなぁ」とかつぶやいてたけど、確かにそうかも。こんなデカくて細いのがアニメみたいに動きまくったら、アッという間にぶっ壊れちゃうのではないだろうか(笑)。
ちなみに上の画像は携帯で撮ったものなので画質最低だけど、もっと鮮明な画像はネットで検索するといっぱい出てくるのでそちらを見てください。
この像を展示するイベントは8月末で終了したので、9月1日にはもう解体されて撤去されたらしい。しかし分解組み立てが可能なように設計されていて、今後また別の場所で公開される可能性もあるそうです。
ぼくは、いわゆるガンダム世代ではないのだが、それでもこのお台場のガンダム像を見ていると、心にはさまざまな思いがあふれてくる。例えばそれは、いよいよ懐古ブームが60年代から70~80年代へと移りつつあるなぁ、という寂しさとか。これだけのリアリティある像を1分の1で再現してしまう技術や、ひとつの作品にこれほど思いを注いだ人々の情熱はすごい! ということとか。だけど一方では、そうした世界に誇れるアニメの創造性とか、立体像を製作する高度な技術とか、それらもろもろもろは、実はすべて今がピークで今後の世代へは受け継がれなくなってしまうんじゃないだろうか、という大いなる危惧とか。個人的なことでは、ぼくが学生時代に初めて関わった単行本の仕事がケイブンシャの『ガンダム大百科』の編集で、それからもう30年近くもたってしまったんだ、という感慨とか。
だけどまぁどれも語りだすと長くなっちゃうから、それはまたの機会に!!
8/30
私用で上野へ。2時間ほど余裕があったのでアメ横を散策する。あいにくの小雨だったが、多くの人が買い物に来ていた。

子どものころによく通ったモデルガン屋さんや、最近ハマっている台湾食材のお店などを冷やかす。歩いていたら「タラコ1箱500円!」というおっちゃんの声が耳に飛び込んできて、思わずピクッと足が止まったが、これからまだ別の場所へ移動する予定があって、まっすぐ家に帰れないのであきらめた。今度からクーラーボックスを車に常備しておこうかな(笑)。
8/31
台風がまた関東に接近! ということで、今日は一日外出せず、夕飯は冷蔵庫の残り物で......と思ったら、こんなときに限って何もない。あるのはキャベツだけ。そこで、赤塚不二夫が貧しかったトキワ荘時代によく作ったというキャベツだけ炒めを作ることにした。

用意するものはキャベツと醤油か塩だけ。作り方はキャベツを炒めて醤油か塩で味をつけるだけ。今回は揚げ玉とすき焼きのタレの残りがあったので、それも加えてずいぶんと味がデラックスになった。
1981年に放送された『NHK特集 わが青春のトキワ荘』という番組で、赤塚不二夫がこのキャベツだけ炒めを作って、かつてのトキワ荘の仲間たちにふるまう場面があったが、他のトキワ荘メンバーたちは、この料理をほとんど覚えていない様子だったのがおかしかった。当時、トキワ荘に暮らしていた石森章太郎や藤子不二雄らは、赤塚より先にマンガ家として売れてしまい、最後に売れたのが赤塚だったから、きっと貧乏してキャベツだけ炒めをしょっちゅう食べていたのは赤塚だけだったのかも知れない。
参考リンク:
手塚治虫公式サイト
虫さんぽ・トキワ荘編(前編)
虫さんぽ・トキワ荘編(後編)
※新しいウィンドウが1枚だけ開きます。
9/2
先日、NHKの朝の番組『おはよう日本』の『街角情報局』というコーナーの取材を受け、その放送が今朝あった。

銀玉鉄砲の老舗メーカーセキデンの関係者から「ユーザーとしてNHKの取材を受けてもらえないか」という連絡をいただいたのは先月のこと。レトロおもちゃ仲間のZさんが最初連絡を受けて、ぼくを紹介してくれたという。銀玉鉄砲の取材ならぜひ! ということでお受けして、台風の合い間を縫って撮影は終了していた。さて、どんな放送になっているかな。

取材の内容は、銀玉鉄砲のファン代表として、先ごろ復刻された銀玉鉄砲の遊び方を紹介し、その魅力を語って欲しいというものだった。そこでおもちゃ博物館オーナーのKさんと、そのお子さんにも一緒に出演してもらい、江戸川河川敷の公園で撃ち合いをやったり、的当てをやったりして遊んだのだ。

取材の際には銀玉鉄砲のカスタマイズ法とか、昔の銀玉鉄砲との比較とか、いろいろ語ったり実践したりしたんですが、そういう部分はほとんどカットでした。放送時間約5分というのは聞いていたんですが、5分てほんとに短いのね。
しかし、実に数十年ぶりにKさんや子どもたちと一緒に銀玉鉄砲で撃ち合いゴッコをしたら、やっぱ大人でも楽しいぞ、これは!!
恥と外聞がなければ、仲間を呼んでぜひまたやりたいところですが、誰も乗ってくれないだろうなぁ~(笑)。
と、そうこうしている間も、決して遊んでいたわけではない。締め切りに追われてヒーヒーしたり、蒸し暑さでグッタリしていたりして、7月初めに取材したのに今ごろやっと原稿を書き上げた、手塚治虫公式サイトのコラム『虫さんぽ』の最新記事が本日公開されました~!!

今回散歩をしてきたのは埼玉県飯能市。26年前、ここに鉄腕アトムの銅像が立てられた。その26年前の除幕式には、ぼくも取材に駆けつけていた。26年ぶりに訪れた飯能で、今回は、当時アトム像を企画された野口勲さんに案内をしていただき、飯能周辺の手塚治虫ゆかりの場所を歩いてきた。後編は9月18日ごろ公開予定。そちらもぜひ見てね!!
※上の画像をクリックすると『虫さんぽ・飯能編(前編)』が別ウィンドウで開きます。
投稿者 黒沢哲哉 : 00:52 | コメント (2) | トラックバック



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