2011年8月17日
勝川克志先生原画展見学など
毎日お暑うございます。電力節約の夏、皆さまの熱中症対策は万全でしょうか。
といいつつ、ぼくは昼間はエアコン28度で付けっぱなしです。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
7/26
14:00、手塚治虫公式サイトのコラム『虫さんぽ』の取材で新宿区四谷へ。
夕方、大急ぎで帰宅。今夜は江戸川で恒例の葛飾納涼花火大会が開催されるのだ。ここ数年は、毎年、柴又ハイカラ横丁を経営している友人Kさんのご厚意で、ハイカラ横丁屋上で花火を観覧させていただいている。今年は震災の影響で開催もどうなるかという状況だったが、葛飾納涼花火大会はいち早く開催を決定。復興に大いに寄与していただきたい。ということで、今回は参加者も少なめにはなってしまったが、それでもぼくを含め6人の仲間が集まった。
天気も良く気温も比較的涼しくて弱い風が吹いているという絶好のコンディションで、花火も存分に楽しめた!
7/27-28
この両日は今年のぼくの唯一の夏休み。地元の友人2人と連れだって東京ディズニーランドへ遊びに行き、その夜はぜいたくにもディズニーランドオフィシャルホテルのシェラトングランデ・トーキョーベイに1泊。大いにリフレッシュしてまいりました~。シェラトンは2003年と2004年にもTDLとセットで泊まったことがあって、建物は広いし雰囲気がイイのでお気に入りのホテルなのだ。もっともディズニーランドは曇りでも暑くてフラフラでしたけどねーっ。

7/29
14:00、電車で神保町へ。小学館出版局編集T成さんと学習図鑑の最終校正打ち合わせ。いやー長かった学習図鑑の仕事もようやくこれにて終了だっ。
その後、小学館クリエイティブ編集部へ行き、校正紙に訂正部分の赤入れをして編集担当M形さんに渡して責了だっ。責了(せきりょう)というのは、出版印刷用語で「ぼくの責任は果たしましたので、あとはモロモロうまくやっといてください」という意味。まーでも後から写真が間違ってるとか数字が違ってるとか、イロイロ言われる場合もあるんですけどね。まあまず大丈夫でしょう(笑)。
8/2
タイで発行されている『アジアの雑誌』の連載コラム第3回の原稿を執筆する。
『アジアの雑誌』は、以前、コラム『あの日の僕に帰りたい』を連載させていただいていた『G-Diary』の編集長が新たに立ち上げた新雑誌で、ぼくは『G-Diary』から移籍してこちらの新雑誌でも昭和レトロなコラムを連載させていただくことになった。今回の原稿はその第3回目。現在は創刊号が発売されていますので、アジアンな旅がお好きな方にオススメです。
![]() | アジアの雑誌 夢野狂作 キョーハンブックス 2011-07-20 by G-Tools |
8/1
手塚治虫公式サイトの連載コラム『手塚マンガあの日あの時』第17回が公開された。今回のテーマは、WOWOWで手塚治虫原作のドラマ『人間昆虫記』が始まったのに合わせて、手塚治虫の青年マンガの変遷である。青年向けコミックというジャンルすらなかった昭和30年代から、『ビッグコミック』などの本格青年マンガ雑誌が創刊された時代まで、手塚治虫はいかにして自身の青年コミックのスタイルを確立していったか。そんなことを豊富なビジュアルを交えて振り返っています。無料で読めますので興味のある方はぜひ!!
外部リンク:
手塚治虫公式サイト
『手塚マンガあの日あの時』第17回:手塚流青年マンガ誕生の軌跡を追え!
※新しいウィンドウが1枚だけ開きます。
8/4
13:00、電車で新座へ。手塚プロダクション第1スタジオで打ち合わせ。
16:30、電車で四谷へ。新宿歴史博物館へ行き、コラム『虫さんぽ』に使用する資料を借用する。
8/5
12:00、電車で曙橋へ。新宿歴史博物館へ行き、昨日お借りした資料を返却する。
14:00、電車で九段下へ。ミリオン出版で『漫画実話ナックルズ』編集N島さんと、次回マンガ原作打ち合わせ。
8/7
手塚治虫公式サイトコラム『虫さんぽ』第18回の原稿を執筆。今回は、以前取材しすでに記事として公開済みの四谷編に新情報が得られたため、再度の取材となったもの。そこで明らかになった真実とは......!? 公開は9月1日予定です。
8/9
マンガ家の赤松健先生が運営されている、コミックをWeb上で無料で読めるサイト「Jコミ」で、新たにぼくの原作作品がまた公開されました!
今回公開していただいたのは、1998年に集英社の雑誌『MANGAオールマン』の読み切り作品として始まり、その後、『Oh!スーパージャンプ』に連載された『HAIKARA事件帖』(作画/里見桂)です!! 全5巻がまるまる無料で読めますのでぜひアクセスしてご覧ください。
外部リンク:
Jコミ トップページ
『HAIKARA事件帖』全5巻 公開ページ
※新しいウィンドウが1枚だけ開きます。
8/10-11
『漫画実話ナックルズ』のシリーズ連載・死刑囚の最期シリーズ最新作の原作を執筆。今回はタイトなスケジュールだったにもかかわらず、あまり展開に苦労することなくまとめることができた。
8/14
15:00、電車で阿佐ヶ谷へ。集英社編集I澤氏と待ち合わせ。駅前の喫茶店で次回の企画打ち合わせ。
打ち合わせ後、連れだって別の喫茶店へと向かう。行ったのは阿佐ヶ谷南口パールセンター街というアーケード商店街の中にある喫茶店Cobu。現在、ここでマンガ家の勝川克志先生の原画展が開催されているのだ。
I澤氏と打ち合わせの日程を電話で調整した際、I澤氏がこの日に勝川さんの原画展に行かれるということだったので、それならぼくも開催中に行く予定だったから同じ日に打ち合わせをしてしまいましょう、となったのだ。
会場の喫茶店は、何と洋品屋さんの店の奥にあってちょっと分かりにくいが、I澤氏が阿佐ヶ谷に詳しかったため、迷うことなく到着。30人ほど入れる店内はけっこうなお客さんがいて、ほとんどが原画展のお客だった。その真ん中当たりに勝川先生もいた。この日は会場に来ておられるということで、この日を選んだのだ。
原画は、描き下ろしが8割ほどで、空想のロボットや少年の日の遊びの風景などを絵にした懐かしいカラー原画が30~40点ほど展示されていた。また最新刊の『まんが落語ものがたり事典』(くもん出版)の原画も展示されていた。描き下ろしの原画は一部販売されているものもあり、すでに売約済みのマークがあるものも何点かあった。
勝川さんのカラー原画は色のバランスが見事で、それを原画で見るとさらに迫力があってすばらしいものでした。
原画展は来週まで開催されていますので、お近くで興味のある方はぜひ!
勝川克志原画展
会場:喫茶店 ギャラリーカフェ Cobu (03-3316-0241)
会期:8/4-23日 各日10:00-20:00
しばらく原画を見ながらお茶を飲み、芳名帳にサインしたりしながらまったりした後、この日はお盆だったため18:00でお店は閉店。ぼくらは勝川先生と連れだって居酒屋へと移動して飲み会に突入した。飲み会に参加したのは勝川先生、I澤氏、ぼくの他、勝川先生と親しいマンガ家仲間や、アニメーターの方など、個性的でとても楽しい面々ばかりで、とてもいい時間を過ごさせていただいた。
あー、もう今日は仕事しなくていいや(笑)。
8/15
午後、友人がスマートフォンを買いたいのでドコモショップへつきあってくれと言うので、車で向かう。
友人はパナソニックとNECで迷っていたようだが、店頭で両方を触ってみて最終的に決めたのはパナソニックの2011年夏モデル P-07Cだった。4.3インチの大画面液晶で片手でも操作できるインターフェイスなどに工夫がある。
ぼくも少し触ってきたけど、ガラケーに慣れた手にはやっぱりかなり大きく感じるし、ジャマな印象。タッチパネルも慣れない感じ。確かに大画面液晶は見やすくて情報量も多く魅力的なんだけどね-。まー、ぼくはもう少しガラケーでいいや(笑)。
8/16
本日、『漫画実話ナックルズ』10月号発売。この号にはシリーズ連載の実話コミック死刑囚の最期 FILE8 『連続射殺魔と呼ばれた男・永山則夫』(作画/武富健治、原作/黒沢哲哉)が掲載されています。
![]() | 漫画実話ナックルズ 2011年 10月号 [雑誌] ミリオン出版 2011-08-16 by G-Tools |
8/17
午後、車で家を出る。向かったのは埼玉県新座市にある手塚プロ第1スタジオ。今日は手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』の取材で、手塚プロ資料室長の森晴路さんにお話をうかがうのだ。手塚治虫に関しては知らないことのない(?)森さんからは、この日も非常に興味深いお話がうかがえたのだが、あまりにも内容が濃いため、整理が大変だ......なんてぜいたく過ぎますね。
投稿者 黒沢哲哉 : 22:41 | コメント (2) | トラックバック
2011年5月17日
Jコミの絶版コミック公開第2弾!
絶版マンガの無料公開を行っているサイト「Jコミ」で、ぼくが原作を書いた昔のコミック2作品を新たに公開していただきました~!!
今回公開していただいたのは、1998年に里見桂先生と組んで『週刊少年サンデー』に発表した読み切り『とどけ!過去への伝言』と、1990年に、同じ里見桂先生とのコンビで『少年サンデー増刊号』に連載した『タイムアンドアゲイン』の2作です。
『とどけ!過去への伝言』は今回、2バージョン公開していただきまして、いま言った1998年の『週刊少年サンデー』31号に公開された全50ページのオリジナル版(下)がひとつ。
そしてもうひとつが、1994年に月刊誌『コンバットコミック』(日本出版社)に、前後編に分け、新たに前編のプロローグと後編のクライマックスを里見先生に描き下ろしていただいて全57ページとなった『過去への伝言』再録版(下)となります。
そしてこちらは、1990年『少年サンデー増刊号』7~12月号に連載された『タイムアンドアゲイン』(下)。コミックスは徳間書店から全1巻で刊行され、Jコミではそのコミックス版を公開しています。
いずれもタイムトラベルもののSFで、ちょっぴり懐かしい昭和チックな物語になっています。Jコミのサイトですべて無料で読めますので、お時間のある方はぜひ、下のリンクから読んでみてください。
ちなみに公開から間もなく2ヵ月近くがたつ『プレイヤーは眠れない』(作画/正木秀尚)は、おかげさまで現時点で6万アクセスを超えておりまして、コミックスのかつての発行部数の2倍を超えました。
Jコミは現在も新しい作品が続々と公開されており、ぼくもぜひ応援していきたいと想ってます。どうぞよろしく~~~~。
外部リンク:
・Jコミ・トップページ
・『過去への伝言』&『タイムアンドアゲイン』(作画/里見桂、原作/黒沢哲哉)
・『プレイヤーは眠れない』(作画/正木秀尚、原作/黒沢哲哉)
※新しいウィンドウが1枚だけ開きます。
投稿者 黒沢哲哉 : 23:17 | コメント (4) | トラックバック
2011年4月15日
『プレイヤーは眠れない』無料公開開始っっ!
絶版マンガ共有システムを展開しているサイト『Jコミ』で昨日の夜から、ぼくが19年前に原作を書いたマンガ『プレイヤーは眠れない』(作画/正木秀尚)の無料公開が始まりました~~。

Jコミというのは、マンガ家の赤松健先生が運営しているホームページで、絶版となっているマンガを作者の許諾を得て広告付きで無料公開するという画期的な試みを行っているサイトです。少し前から赤松先生が自分の作品などを無料公開してテスト運用を行っていて、今月の12日から正式サービスが始まったばかりです。
その正式サービス開始後の記念すべき公開第1弾として、ぼくの原作の『プレイヤーは眠れない』を公開してくださったのです。
このサイトの画期的なところは、ただ作品を広告付きで無料公開するというだけでなく、ネット上にすでに流出してしまっているマンガの違法ファイルをネットユーザーからJコミに送ってもらい、その中から作者の許諾が得られたものについて広告を付加して再び公開するという試みを行っているところです。これをJコミでは違法マンガファイル浄化計画と名付けています。
すでにネット上に拡散してしまった違法ファイルを回収することはできませんが、違法ファイルとまったく同じものが合法で公開されていれば多くの人が合法の方を選びますよね。そうして読者は合法的に無料で作品を読むことができ、作者も利益が得られるという実に画期的なシステムなのです。しかもユーザーからのアップロードがあれば、Jコミや作者の側でマンガをスキャンする手間も必要ないという。さらには公開する作品を絶版マンガに限っていることで既存の出版社にも不利益はないという。まさに三方一両得の名大岡裁き!!
ぼくがこのJコミの活動を知ったのは3月の初めごろでした。知り合いのマンガ家さん仲間で旅行に出かけたとき、そこに参加されていた仲間のxiさんから教えていただいたのです(ありがとう>xiさん!)
帰宅後、さっそくサイトの紹介文などを詳しく読んで知れば知るほど画期的なシステムだと感動し、すぐにメールを出させていただきました。ぜひぼくの絶版マンガ『プレイヤーは眠れない』も公開してくださいと。
この『プレイヤーは眠れない』は1992年に『週刊ビッグコミックスピリッツ』に短期集中連載され、翌年、徳間書店で単行本化していただいた作品です。コンピュータネットワークの世界を舞台としているのですが、当時はパソコンがやっと普及し始めたばかりのころであり、Windowsも日本語版はいまだ3.0で、キャラクタベースのOSであるMS-DOSが主流の時代です。インターネットも日本では実験サービスがようやく立ち上がったばかりで、パソコンユーザーでさえ多くの人がその名前すら知らないころでした。
ということで、あまりにも早すぎたため、一部では好評をいただいたものの、ほとんどの人にはあまり理解してもらえず埋もれてしまった作品だったのです。
でも作画を担当してくださった正木さんとのコミュニケーションもばっちりで、正木さんも非常に力を入れて描いてくださったこともあり、内容には自信があったから、ぜひどこかで再刊してくれないかな~と思っていたのです。
いや、思っていただけではなくて実際に知り合いの編集さんに本を見せて相談したりもしたんですけどね。
2009年の夏に『サマーウォーズ』というSFアニメ映画が公開されたときには、一部のブログなどで「昔読んだ『プレイヤーは眠れない』というマンガに似ている」と話題になっている、と教えてくれた友人がいて、これはいよいよ時代が俺に追いついたか!?(笑)と思ってもいたところなんですよ。
ということで、Jコミさんでネット公開していただくにはまずこの作品がぴったりだろうということで、正木さんにも電話で了解をいただき、先方にコンタクトを取ったという次第です。
そうしたところ、担当者の方からすぐにお返事をいただき、正式スタート後にはぜひよろしくお願いしますというお話をいただきました。
そして今月12日、Jコミが正式スタートしたところ、さっそくユーザーさんからマンガファイルのアップロードがあったそうで、その中に偶然にもぼくがJコミにお願いしていた『プレイヤーは眠れない』があったので早々に公開したいとの連絡をいただいたのでした。もちろんぼくの方としては大歓迎ですので、正木さんにも連絡を取り、幸運にも光栄にも、Jコミの正式スタート第1弾として公開していただく運びとなったのです。Jコミの中の人たち、ありがとうございます!!
公開後はさっそくツイッターで続々と反響や感想が寄せられ、Jコミの活動への注目の高さをあらためて知りました。この作品を当時読んで覚えていてくださった方もたくさんいて、それもとてもうれしかったです。ここで初めて読まれた方にも気に入っていただけるとうれしいな~。紙の本と違って品切れはありませんので、いつでもお好きな時にお読みいただけます。19年前の作品ではありますが、今だからこそ分かっていただけるネタなども満載かと思います。全1巻完結で194ページとわりと気軽にサクッと読める長さですから、ぜひお時間のあるときに読んでみてください。

Jコミのこの試みが成功すれば、マンガだけでなく小説などさまざまなものに応用が利くはずです。『プレイヤーは眠れない』以外にも無料で読める絶版マンガがいろいろ公開されていて、今後もその数は増えていくそうですから、ぜひぜひ皆さん、アクセスよろしくですぅ~~~~。
参考リンク:
Jコミトップページ
『プレイヤーは眠れない』公開ページ
※新しいウィンドウが1枚だけ開きます。
投稿者 黒沢哲哉 : 00:36 | コメント (0) | トラックバック
2010年7月 7日
蒸し暑さの中でも疾り続けるしかない...ヒィ...
6/1
11:00、柴又のおもちゃ博物館で、大学のワセダミステリクラブ後輩でフリーライターの大崎悌造くんと待ち合わせ。大崎くんがこんど学研から刊行予定の本で、ぼくのおもちゃの写真を撮影して使いたいというので、まずはこの日、柴又のおもちゃ博物館にあるおもちゃを撮影する予定なのだ。
時間ぴったりに行くと、すでに学研のカメラマンさんと編集のY本さん、S野さんが来ていた。ほどなくして大崎くんも到着。
すでに先月中に撮影する品のチェックは終わっていたので撮影は順調に進み、午後2時、帝釈天参道の川千家でうな重の遅い昼食を食べて解散。
こういうのんびりした撮影なら歓迎なんだけどねー、来週には学研編集部での大量のおもちゃの撮影が待っているのだ。
6/5
午後、電車で新宿へ。京王プラザホテルでマジックショーを観覧する。以前、ぼくが原作を執筆し「少年ガンガン」に連載したマンガ『マジック・マスター』で監修をしていただいた、プロマジシャンの柳田昌宏氏が日本での現役を引退することになり、その引退記念ショーが開催されたのだ。
会場には、かつてお世話になった懐かしいマジシャンやマジックファンの面々が集まった。また、当時、ガンガンの編集担当で2年連続でアメリカ取材旅行へも行ったN川さんとも数年ぶりの再開を果たした。
19:00、ショーが始まった。ショーはディナーショー形式で、食事を食べながら和やかにマジックを観覧するというもの。久々に見る柳田さんのマジックはもとより、かつて『マジック・マスター』で足繁く柳田さんの事務所へ通っていたころにはまだ新人だったマジシャンたちも、すでに堂々としたステージをこなしていて時の流れを感じたりもした。
22:00、ショーが終了し、皆さんは二次会へと流れていったが、ぼくは仕事を残しているので帰宅。
『マジック・マスター』時代の忙しくも楽しかった日々を思い出しながらほんわかとした気持ちで帰路についたのだった。
6/7
10:00、車におもちゃを満載して五反田へ。学研の写真スタジオで大崎くんの本のおもちゃ撮影1日目。数年前に自分の本で同じような撮影をしたから段取りは慣れたものだけど、やっぱりハードです。大崎くんもおもちゃのことはよく分かっているので、いちいち説明の必要がなく、それが助かったかな。
ところでぼくは、学研ではおよそ25年ほど前に一度だけ『高一コース』で数ページのコラムを書いたことがあったけど、学研本社を訪れたのはそれ以来のこと。何でも新社屋ができたばかりだそうで、あのころとはまるで違うババーンと立派なビルになっていたので驚いた。
6/8
10:00、車で五反田へ。学研のスタジオでのおもちゃ撮影2日目。この日も撮影は順調に進み、明るいうちにすべてのおもちゃの撮影が終了した。
6/9
13:00、電車で神保町へ。集英社で編集のI沢くんと打ち合わせ。新しい仕事を依頼されたが、ぼくが通常3か月かけている仕事を1か月で上げてくれとのこと。んー、大丈夫だろうか......。
そのまま電車で高田馬場へ。手塚プロでI藤さんと次回ホームページコラムの企画打ち合わせ。来週は取材もあるので、その段取りなどもあっていろいろと面倒なり。
6/11
愛車フレンディのタイヤがそろそろやばいので、環七の平野タイヤにタイヤを注文してあった。そして今日は予約を入れておいた交換の日。どんなタイヤに交換したかなどの詳細は、後日、別エントリーをたてて報告いたします。
6/11-12
ミリオン出版のムック用の原作を執筆。しかし書き上がる前に手塚治虫のコラムの締め切りが迫ってきちゃったのでこちらは一時中断。
6/14-16
手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』第11回の原稿を執筆。資料はそろえてあったからすぐに書けると思ったら、意外にもてこずり3日もかかってしまった。ふー。
6/17
と、そうこうしているうちに、とうとうミリオン出版編集のT根編集長からも催促の電話が来てしまった! 「あー、すいません。もう半分以上書き上がってまして、あとちょっとで書き上がるところですんで、今日中には送ります!」と返事をして、原稿を......書かずにすぐさま家を出る。
13:00、電車で東銀座へ。昭和通り沿いの喫茶室ルノアールで、いそっぷ社社長のS藤さんと待ち合わせ。次回単行本企画の構成打ち合わせ。過去に雑誌に連載した記事を元に本を作る予定なんだけど、単行本の切り口に合わせてかなり書き直す必要がありそう。こちらが忙しくなる前に、ほかの仕事を片付けておかなくちゃ。
帰宅後、ただちにミリオン出版の原作の続きを執筆。23:58、日付が変わる直前に完成した原稿をメールで送る。
翌日、監修者のチェックでもOKが出たとのことで、ようやく脱稿した。ふー。
6/18
10:00、車に自転車を積んで、神奈川県の鎌倉へ。今日は手塚プロのコラムの取材なのだー。午後からは天気が崩れるという予報なので、車を鶴岡八幡宮の裏手の駐車場に預けて、自転車で出発。目的の場所を急いで回りながらデジカメに収める。平日だというのに鎌倉は観光客でかなりの混雑だった。
それにしても鎌倉に来たのは何年ぶりだろー。およそ20年くらいかしらん。由比ヶ浜に自転車を止めてボーッと海を眺めていると、ふと昔のことが思い出されてきた。
かつて小学館で仕事をしていたころ、ぼくはまだバイクに乗っていて、仕事仲間で旅とバイクが大好きな人が鎌倉に住んでいて、その人と鎌倉や逗子をツーリングして遊んだことがあったっけなぁ......なんてふと感傷にひたったりして(笑)。
そして午後、薄日まで差していた空は一転かき曇り、予報通りの雨となってしまった! 自転車は車に戻し、徒歩に切り替えるも、靴の中までぐしょぐしょ。後から来た手塚プロのI藤さんと合流するころには雨はさらに強まり土砂降りとなっていた。それでも何とか無事に取材を終え、鎌倉駅前でI藤さんと別れて帰途についたのは午後4時過ぎだった。
すると、そのころになったら急に雨が小降りになりはじめ、首都高に入ったころにはもう完全に止んでいた。
渋滞が始まっていたので、大黒パーキングエリアでちょっと早い夕食を取り、のんびりと帰宅。久々の鎌倉、楽しかったけど何だかドッと疲れた取材でありました。
6/20
10:00、電車で有楽町へ。この日、ここで開かれる大江戸骨董市で、おもちゃコレクター仲間のNさんとMさんとプチオフ会を開催するのだ。先日、一度もお会いしたことのないMさんにネットでの情報交換でお世話になったので、一度、ぜひお会いしましょうということになり、共通の知り合いであるNさんも誘ってプチオフを開くことになったのだ。
どうせならということで場所は骨董市会場に設定。ちょうどG-Diaryのコラムに使えそうな資料も見つかってホクホクのぼくなのでありました。
6/21
そうこうしているうちに、小学館の学習図書編集部のF田さんからも、やりかけていた学習まんがの原作の督促メールが入る。
こちらもそろそろ催促が来るんじゃないかと思っていたので、すぐに執筆に取りかかり、第2章第3稿を1日でアップした。なんだ、1日ですぐに書き上がるならこんなにギリギリまで引っ張らないで先に上げておけば楽だったのに、と思うのは素人の赤坂さ(笑)。やっぱギリギリにならないと本気の馬力が出ないんだなぁ。
6/23-24
雑誌「別冊漫画ゴラク」の連載マンガ『龍のおんな』第22話最終回の原作を執筆。2年間続いたこのマンガもいよいよ最終回。ラストは作画の和気先生が熱く描いてくれるといいなぁと思いつつ思いっきりテンションを上げて書いたけど、同時にいちまつの寂しさもありますね。
6/25-27
来週の取材のための資料マンガを読む。マンガを読むのが仕事。へっへっへ、うらやましいだろう、ってホントは仕事で読んでるとあんまり楽しくないんだよぉぉぉ(涙)。
6/29
16:00、電車で上野へ。とある料亭で小学館のマンガ家対談企画の取材3回目。記事はまだ1行も書いていないのに、取材だけはアポが取れたところからどんどん先行して予定が入ってしまうので、何だか話の中身が混乱しそうです。
7/1
雑誌「G-Diary」の連載コラム『あの日の僕に帰りたい』第41回の原稿を執筆。資料は早々とそろえてあったんだけど、記事の参考用にと集めた5本ほどのビデオソフトを見る時間がなく、書く直前になってあたふたと見ることになってしまった。
ふっふっふ、しかし僕には倍速での音声再生可能なスペシャルなVHSデッキがあるのだ! ジャーン!! と思ったら、そのカンジンの倍速機能が故障していた。な、なにぃぃぃ!? 仕方なく通常再生で見る。所要時間8時間(!)死んだ......バタッ。
それにしても、一時は5台もあったビデオデッキが次々と故障。現在はVHS2台とベータ1台しかなくなってしまった。これが故障したら困るなぁ。
7/3-5
手塚治虫公式サイトのコラムの取材で、福島県の会津若松を訪問。こちらも詳しくは後日、別エントリーで報告します。
投稿者 黒沢哲哉 : 22:46 | コメント (0) | トラックバック
2010年3月25日
大林宣彦監督の叙勲パーティなど
2/11-20
「別冊漫画ゴラク」の『龍のおんな』第18話の原作を執筆。
3/1
雑誌「G-Diary」の連載コラム『あの日の僕に帰りたい』の原稿を執筆。
3/4-10
昨年と一昨年に書き下ろしで刊行されたミリオン出版の『死刑囚の慟哭』と『死刑囚の絶叫』が、4月に合本されて再刊されることになった。そこに新たに1話、新作を追加で書き下ろすことになり、その原作を執筆する。
3/8
13:30、柴又駅で手塚プロ・プロデューサーのI藤さんと待ち合わせ。次回、手塚治虫公式サイトの連載コラム「虫さんぽ」第9回の取材で、今回は柴又を歩くのだ。手塚治虫と柴又の関係は!? という取材の内容は4月1日公開予定のコラムをお読みいただくとして、昨日までの雨も止み、天気も良く、なかなかの取材日和だった。
3/11-18
「別冊漫画ゴラク」の『龍のおんな』第19話の原作を執筆。
3/14-17
手塚治虫公式サイトの連載コラム『虫さんぽ』第9回の原稿を執筆。
3/16
17:00、珍しくネクタイをして家を出る。今日は新宿の京王プラザホテルでパーティがあるのだ。パーティのテーマは「大林宣彦監督の旭日小綬章受章記念」!
昨年秋の叙勲で監督が上記の章を受章されたのをお祝いして行なわれたもので、ぼくもお呼びいただいたのである。
大林監督とはもう10年以上ごぶさたしているので(映画館の舞台挨拶等で、遠くからお見かけはしているが)楽しみ!
18:00、会場に着いて受け付けをすると、「舞台で挨拶をお願いできますか?」と言われてしまった。ええ~~~っ!? ざっと見渡しただけでも、テレビや映画で見知っている芸能人や女優や監督や作家がザクザク居並ぶところで、ぼくがですか? と思ったが、大林監督の集まりなんだから断るわけにはいかないでしょう。
会場に入ると、映画評論家の野村正昭さんの姿を発見! 知らない人ばっかりだったらどうしよう、と思っていたのでホッとする。野村さんとは20年近く前、フィルムアート社から『ワンス・アポン・ア・タイム・イン尾道』という大林監督の尾道映画の単行本を共著で出したことがあるが、お会いするのはもう10数年ぶりである。
さらにしばらくすると、映画監督の小中和哉くんや手塚眞くんなども来てにぎやかになり、ひとり孤独に立ち尽くすという心配は杞憂となったのでした。
さて、モンダイの舞台挨拶であるが、これは大林監督のお考えで、できるだけ多くの人に挨拶をしてもらいたいということで、なんと100人くらいの人がステージに上がって挨拶をしたのだった。手塚くんや小中くんは「映画監督」として挨拶をし、ぼくは「ジャーナリストや評論家の皆さん」というカテゴリで、他の人5~6人の方と一緒にステージに上がった。そこで大林監督と恭子夫人と握手をし、1分ほどの祝辞を述べさせていただいたのだが、内容は緊張して覚えておりません。「大林監督の映画『HOUSE・ハウス』との出会いが、今の僕の原点です」みたいなことを言ったように思う。ホントは野村さんもここで一緒に挨拶をするはずだったんだけど、先に帰られてしまったようでした。
ちなみに手塚眞くんは、大林監督の映画『ねらわれた学園』にキテレツな高校生の役で出演していたから、舞台挨拶では久々にそのときの役柄の演技を再現していて場内の笑いを誘っていたのだった。
それにしても著名人が大挙して集まったとても華やかで豪華なパーティで、およそ400人の人が出席されていたという。大林監督、本当におめでとうございました!!
3/18-20
小学館から4月15日に創刊される新雑誌「GAKUMAN plus(ガクマンプラス)」で創刊号から2号連続で伝記マンガの原作を書かせていただいている。その第2号用の原作を執筆。
3/22-25
ミリオン出版の雑誌「ザ・タブー」の原稿を執筆。
投稿者 黒沢哲哉 : 20:29 | コメント (0) | トラックバック



