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[  仕事 - マンガ原作 ]

2009年11月 8日

手塚治虫ファン大会2009を観覧、TENBAのPCバッグ

[コメント (4)]
[ マンガ原作 , その他の仕事 ]

 愛用のバッグの話、手塚治虫ファン大会観覧、『龍のおんな』コミックス第1巻発売など

11/02
 雑誌「G-Diary」の連載コラム『あの日の僕に帰りたい』第33回原稿アップ。
 すぐに小学館の学習図鑑のラフ作成に移る。

11/04
 午後、電車で新宿都庁前へ。某事務所で打ち合わせ。

 打ち合わせ後、徒歩で新宿へ出てお買い物。駅前の歩道橋から西口ロータリーを見渡すと、ロータリーの真ん中に突き出た、あの巨大な換気塔がツタに覆われているのに気がついた。

20091104a.jpg まだ西口にこんなに高層ビルが林立する前は、新宿西口といえばこの巨大な換気塔がランドマークだったんだけど、そういえば最近あまりそっちに目がいかないなぁ、と思ったらこんなことになっていたのねん。

 ところで買い物というのは、愛用しているバッグの肩ひものパッド部分がスリ切れてしまったので、その肩パッドを探すのだ。

20091104b.jpg すでに10年以上愛用しているバッグ。しかし肩パッドさえ何とかすればまだまだ使えるのだ。

20091104c.jpg ということでヨドバシカメラで買ったのがこれ。カメラ用品メーカーエツミのショルダーパッドE-6107(税込み882円)。片面がグレー、片面がブラックのリバーシブルになっていて、最大8cm幅のバッグにまで対応している。もっと幅広のパッドもあったけど、常に重いものを入れてるわけでもないので、このくらいのさりげなさが良い。

 さて、紹介が遅れたが、↓↓↓コチラが僕の愛用のバッグTENBAComputer Traveller P-415。購入時の価格はおよそ2万5000円だったが現在は廃番となっている。上にも書いたけど、すでに10年以上愛用している。

20091104f.jpg
 TENBA(テンバ)というのはアメリカのカメラバッグメーカーで、プロカメラマン御用達のヘビーデューティーなバッグを作ることで有名なメーカーだ。かつては銀座の銀一というプロカメラショップでしか扱っていなかったが、現在はカメラ用品メーカー・エツミが日本の総代理店となっており大型量販店や通販でも簡単に購入できるようになった。

 ぼくが初めてTENBAのバッグを買ったのはおよそ30年ほど前の1980年ごろのことだ。一眼レフカメラに凝っていた当時、5万円ほどもするプロ用の大型カメラバッグを購入した。そのバッグは豪雨の鈴鹿サーキットでWSPCの取材中に使用したこともあったが、バッグはズブ濡れになっても内側には全く水が浸入せず、以後、その防水性や耐久性には全面的な信頼を置いている。
 ただ、このバッグは雨の後の乾燥が充分じゃなかったためか、それから半年くらいたったころからカビ臭いニオイがするようになってしまい、どうやってもその臭いが消せないので処分してしまった。残念。

 その後、別のメーカーのバッグに浮気したこともあったが、次にTENBAを購入したのは1990年のこと。
 当時発売されたEPSONのノートパソコンPC-386 NOTE Aを購入し、これを毎日持ち歩くようになったら、それまで使っていた日本製のショルダーバッグがアッという間に壊れてしまったのだ。当時のノートパソコンは重さが3kg近くあり、ACアダプターやその他の仕事道具などを入れるとバッグの総重量は常に7kg以上(!)にもなっていた。当時のビジネスバッグはそんなに重い物を入れるほどヘビーデューティーには造られていなかったのだ。
 それでたまらず「カメラバッグなら丈夫なのでは?」と思って調べると、折りよくTENBAからLaptop TravellerというラップトップPCの運用を志向したトラベルバッグが新発売されていたのだ。このLaptop Travellerは、P-415の前身となるモデルで、P-415と同様、ファスナーでバッグの幅が広げられる構造を備え、収納力もP-415と同等に優れたものだった。サイズがP-415よりも若干横長だったことと、金具に金属を使用していることがP-415と違っていた部分だ。
 ただこれはTENBAのトラベルバッグとしては初期モデルだったためか、同社のカメラバッグよりも全体的に耐久性が劣っていた。ビジネスマンのバッグの使い方はカメラマンのそれよりソフトだと思って甘く考えていたのだろうか(笑)。例えば肩ヒモの金具が金属だったことから、金具と肩ひもがスレてわずか7年ほどで肩ひもが切れてしまった。
 当時のヤワなビジネスバッグとくらべれば、7年というのは充分すぎる耐久性であるが、P-415はこの長さ調節金具も改良され、表面に梨地加工が施されたプラスチック製になったから、金具と肩ヒモが摩擦でスリ切れることもなくなった。ので、10年以上使っても肩パッドのスレだけで、本体も肩ヒモもビクともしていない。
 細かい部分では、P-415ではフタをロックするプラスチック製バックルの材質と構造が変更され、閉じるときの「カチン!」という音がかなり静かになった。仕事用バッグは静かな場所で開閉することも多いので、これは重要な改良点である。

20091104e.jpg 上の画像はP-415の内部。収納ポケットが多くて使いやすい。手帳、ペン類、ハンズフリー用のヘッドフォン、地図、名刺入れなどをきちんと分類して入れられる。ただポケットの数が多いだけでなく、例えばコンパクトデジカメ用のポケットにはクッション材が入っており、肩に掛けたまま横から手を入れて取り出せるようになっているなど、機能性も充分考えられている。A4サイズのノートPCも入る本体部分は、ファスナーで幅が2段階に変えられるので、外出先でお土産や本などを買って荷物が増えても大丈夫。また、取っ手の内側には濡れた傘を取り付けるためのマジックテープが付いている。
 唯一、残念なのは、外側にペットボトルを入れられるポケットが付いているとさらに便利なのだが......。

20091104d.jpg 上の画像は、バッグと一緒に銀一で購入した後付けの背負いひも。これをバッグのナスカンと手さげ部分に取り付けることで、本来は手さげかショルダーの2WAYでしか使えないバッグが、リュックのように背負うこともできる3WAYバッグとなる。現在これと同等の品がエツミより背負いベルト2という商品名で発売されている。


 ぼくの愛用するP-415は廃番だが、現在は新シリーズとしてTENBA メッセンジャーバッグシリーズが発売中だ。その中でP-415と同等の使用に向くのは下記のメッセンジャーバッグ Lである。色は黒のほかに茶色などもある。ヘビーデューティーなPCバッグやビジネスバッグをお探しの方は、ぜひ検討候補に加えてみてください。

B00110GARUTENBA メッセンジャーバッグ L ブラック 638-231
TENBA

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11/07
 電車で渋谷へ。今日は、ここ数年、恒例となっている手塚治虫ファン大会に参加するのだ。会場は公園通りの先のシダックスホール。開場30分前に到着するとすでに熱心な手塚ファンが集まっていた。

20091107.jpg そして13:30開演。社長と手塚眞氏の挨拶のあと、元虫プロスタッフだった方々が座談会形式で思い出話を語ったり、手塚ファンによる手塚マンガの研究発表などがあり、実にアットホームな集まりだった。今回は、手塚ファンと手塚プロが共同で作り上げていく手作りのファン大会がコンセプトなのだそうだ。時間も、前回や前々回のように朝から夜までという長丁場ではなく、午後から始まって夕方までと、ちょうど良い時間だったように思う。
 また、昨年、一昨年にくらべて若い人が増えていたように感じられたのもうれしかった。
 ところで毎年恒例の手塚治虫カルトクイズだが、今年は何とか6問目くらいまでは正解し、30人くらいまでは勝ち残ったんだけどそこで撃沈してしまいました。クヤシイ。
 上の画像はタイムテーブル表と、プレゼント抽選会のクジ券。そして全員に配られた記念ピンズ。抽選会は残念ながら今年もハズレでした。

 閉会後、ファン有志の皆さんの集まりにお招ばれしたぼくは、東武ホテル地下の居酒屋へ移動。そこで20人ほどのファンの皆さんと、今回ゲストで壇上に立たれた元虫プロのスタッフの皆さんらと一緒に二次会。こちらでは、さらにディープな手塚ネタで大いに盛り上がったのでした。

11/07
「別冊漫画ゴラク」で連載中のマンガ『龍のおんな』のコミックス第1巻がようやく発売になり、我が家へも見本の本が届いた。本当は6月に発売する予定だったんだけど、来年のNHKの大河ドラマ『龍馬伝』にタイミングを合わせて発売を遅らせたのだ。
 この作品は龍馬の妻お竜と坂本龍馬の激動の恋と半生を、史実にフィクションをまじえて描いたもの。当初は前後編の読み切りだったため、話はそこでいったん完結している。それが好評で連載化されたため、連載第1回目からは、再びお竜と龍馬の出会いから話を始めているのだ。つまり読み切りと連載では年代がダブっているわけで、そのままでは話がつながらない。
 だからぼくは当初、単行本化の際には読み切りを収録しないか、あるいは連載終了後の最終巻の巻末に、読み切りを別バージョンとして収録するか、と考えていた。しかし担当編集のT橋さんは「ぼくにアイデアがありますから、読み切りに続いて連載が始まる構成でいきましょう! ぜったいに面白くなりますからまかせてください!!」と自信満々で言う。そこでおまかせしたら、何と! ホントに実にスマートにつなげてくれたではないか。いや、この手法には感心いたしました。さすがです。第1巻が今月発売。第2巻は来月12月発売です。店頭で見かけたらぜひお手に取ってごらんください。

4537125225龍のおんな 1巻―坂本龍馬幕末異聞伝 (ニチブンコミックス)
和気 一作
日本文芸社 2009-11-07

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投稿者 黒沢哲哉 : 21:59 | コメント (4) | トラックバック

2009年10月17日

映画『ATOM』を観る

[コメント (2)]
[ マンガ原作 , 映画 ]

 今月前半の仕事のダイジェストと試写会鑑賞など。

10/5
 夕方、電車で新宿へ。今月10日から公開される、フルCGアニメーション映画『ATOM』のワールドプレミア試写会を観る。

20091005.jpg 上映前の舞台挨拶にはプロデューサー、監督、日本語吹き替え版でアトムの声を演じた上戸彩、テンマ博士の声を演じた役所広司、そして手塚眞氏などが出席。さらにシークレットゲストとしてホンダの二足歩行ロボット・アシモもステージに上がり愛嬌を振りまいていた。
 そして肝心の映画は......、まず絵柄だが、当初、やはりアトムの顔が面長なのが気になったが、これはすぐに見慣れた。CGも過剰な立体感や質感の表現を抑えてセル的な印象を持たせていたところが良かったようだ。ということで、ぼくの頭もオープニングから3分の1ほど過ぎたころには、すっかりこのキャラクターを鉄腕アトムと認識していたようである。
 アトムが初めて足からジェットを噴射し、自分の能力に驚きながらも、だんだんと飛び方をマスターしていくあたりの描写などは芸が細かくて実に楽しい。
 そして最も面白かったシーンは、アトムが闘技場でロボットたちと戦う場面だった。こんなシーンは昔の白黒アニメ版『鉄腕アトム』にもよくあった場面で、ロボットたちのデザインがレトロ調なこともあり実に懐かしく感じた。出来れば、昔のアニメのあの電子音による効果音も再現して欲しかったところだけど、まあ昔のアニメの視聴者だけが観客じゃないので、それは仕方ないですね。
 ストーリーは、初期の脚本ではかなりシンプルなものだったらしいが、手塚プロから、ストーリーに深みを持たせたいというリクエストを入れたらしく、努力の跡は見てとれた。ただ、オリジナルキャラクターとして登場する少年少女たちのグループの結末などは、いかにもアメリカ映画的に強引なハッピーエンドに持っていっているあたりが気になった。ストーリーや演出の工夫でもっと深みを出せたのではないかと思うとちょっと惜しかった気がする。
 オリジナルの鉄腕アトムファンにも楽しめる作品だと思うので、機会があればぜひご覧になってください。

10/06
 14:00、電車で神保町へ。喫茶店古瀬戸で「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんと『龍のおんな』第15話プロット打ち合わせ。今回分からコミックス3巻目の部分に入り新展開となるため、全体の流れなどを含めて入念に打ち合わせる。

 16:00、徒歩で小学館へ向かい、児童・学習編集局のF田さんとマンガ原作の企画打ち合わせ。

10/07-09
 昨日見た試写会を踏まえて手塚治虫公式サイトの連載コラム『手塚マンガあの日あの時』第6回の原稿を執筆。今回は前後編の2回に分けて『鉄腕アトム』を取り上げた。
 10/09、公開日直前にようやく前編の決定稿が完成。内容は、原作の『アトム』が初めて描かれた昭和26年当時を振り返るもの。手塚治虫公式サイトで無料公開中なのでぜひごらんください。
 ※下の画像をクリックすると、新しいウインドウでページが開きます。

20091011.jpg

投稿者 黒沢哲哉 : 19:11 | コメント (2) | トラックバック

2009年9月18日

青梅レトロタウン探訪、ワイドモニター購入

[コメント (0)]
[ ハードウェア , マンガ原作 , 昭和レトロ ]

9/6-13
『龍のおんな』第13話原作第1稿を執筆。当初、順調に筆が進んでいたつもりだったんだけど、8割方書き上げたところで全体を見渡してみたら......、
「な、何じゃこりゃあ~!!」
 何だか、いつの間にか、方向性が全く違う方へ書き進めていたことに気がついた。
 そこで、当初、週末だった締め切りを週明けまで延ばしてもらい、頭から書き直す。

9/14
 午前3:56、ようやく第1稿が完成。今度こそ満足のいく内容になった! メールで原稿を編集部へ送って寝る。
 一夜明けて午後、「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんから電話があり、これでバッチリOKとのこと。しかし今回は2本まとめて書き上げる予定になっているので、引き続き第14話の箱書きにとりかかる。

9/16
 早朝、車で家を出て青梅へ向かう。今日は雑誌「G-Diary」で連載中のコラム『あの日の僕に帰りたい』の取材のため、青梅のあるお店を訪ねるのだ。
 しかし途中、外環の2箇所で事故と故障車があり、大渋滞が発生している。こないだ飯能へ取材に行ったときはガラガラだったのに~。と泣き言を言いつつ下道へ。だけどやっぱりこっちも大渋滞でした。ガクッ。結局、先方へは予定より40分も遅れて到着。
 それでも無事に取材を終え、ちょっと青梅の街を散策することにした。
 この街は昔ながらのレトロな商店や建物がいまも残されており、さらにそこかしこに懐かしい手描きの映画看板が飾られていることで知られている。

20090916a.jpg こうして何気なくカメラを向けた風景にも、昭和30年代の映画看板がさりげなく溶け込んでいる。この『少年探偵団・妖怪博士』は、学生時代に板橋の名画座上板東映で見たなぁ、なんてことも思い出されます。

 また、この街には3つの博物館があります。昭和レトロ研究家でわが盟友の串間努さんが名誉館長をされている『昭和レトロ商品博物館』、赤塚不二夫の原画などが展示されている青梅赤塚不二夫会館、映画看板と昭和レトロな街並みを再現したミニチュアが展示されている昭和幻灯館
 3館それぞれ個別に見学することも可能だが、3館セット券を購入すると900円が700円になって200円お得。もちろん僕は3館とも見学しました。

20090916b.jpg 上の画像は赤塚不二夫会館の館内にある記念撮影スポットで撮ったセルフポートレート。展示台の上にカメラを置いて撮ったのでフレーミングが変だけど、そこはご愛嬌。
 ここに展示されている原画の一部は、先日、銀座の赤塚展で見たものと同じだった。ここから貸し出されていたらしい。またお会いしましたね(笑)。

9/19
 うちのメインPCには、少し前から2台の17インチモニターをつなげてデュアルモニター環境で使用していた。ところがその2台のモニターが2台とも、1か月ほど前から相次いで不調になっていた。スイッチを入れてから画面が表示されるまで5分くらいかかっていたのだ。それが、次第に10分になり、15分になり、1週間ほど前にとうとう1台目が脱落。そして今日、ついに2台目も何も映らなくなってしまったのだ。ネットで検索すると、どうやらこれはインバーターの故障らしい。
 これは新しいモニターを買わねばどうしようもない。ということで、急きょ車に飛び乗って秋葉原へ!
 UDXビルの地下に車をとめて、いつものツクモeX.へ行ってみた。希望は20インチのスタンダードサイズか21.5インチのワイドサイズ。追加条件としてはスピーカー内臓とDVI端子必須、そして文字入力がメインだからノングレア(無光沢)画面であること。だけど店に入ってみたら、何とほとんどすべてのモニターがワイド大画面になっていて、17インチとか19インチなどという今となっては小型のモニターはほとんど置いてないのだった。
 結局、21.5インチモニターの中から上記の条件に当てはまるものを見ると、安いもので17000円くらいから高いもので3万円台くらいまで。結局、価格が22000円程度でポイントが5000円付くということで値段もスペックもほぼ同じI・Oデータの21.5インチワイドと、エイサーの21.5インチワイドに絞られた。
 念のため他店も見てみるか、と道路を渡ってソフマップの方へ向かうが、モニターを買うのはツクモがいいんだよなぁ。というのは追加で1000~2000円くらい払うとドット抜け保証が付けられるからなのだ。通常はある基準以下のドット抜けがあってもメーカー保証の対象外だが、このツクモの追加保証をしておくとドット抜けの場合も1か月以内に3回までなら新品交換してくれるのだ。
 ということでツクモDOS/V館へ入ってみると、eX.にはなかったI・Oデータ社製の21.5インチワイドモニターの白が置いてあった。もういいやこれで(笑)。

20090918.jpg ということで購入したのがこれ。I・OデータのLCD-MF221XWR。本体22,800円に5年間の延長保証とドット抜けなどのパーツ交換補償をつけて25,635円、さらにポイントが5016pt付いた。最初はあと5000円くらい安く買えるかと思っていたので若干予算オーバーだったけど、スペック的には満足です。

 帰宅後、さっそくPCに接続してみた。が、なぜか画面が高解像度で表示されない。そこで画面をいったんVGAに戻してメーカーサイトから最新のグラフィックドライバをダウンロードしてアップデートしてみた。これによってアナログ接続では問題なく高解像度表示ができるようになったが、DVI接続だとワイド画面用の縦横比そのものがメニューに出てこない。かなり古いグラフィックボードなのでDVI接続でのワイド画面解像度をサポートしていないようだ。
 仕方なく、当面はアナログ接続で使用することにした。DVI接続の方が文字入力で目が疲れないんだけどな~。それにしても画面が広いのは快適です。

投稿者 黒沢哲哉 : 21:39 | コメント (0) | トラックバック

2009年9月 7日

トキワ荘通り再訪と、赤塚不二夫展

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[ マンガ原作 , 食べ物 , その他の仕事 ]

9/4
 電車で高田馬場へ。手塚プロでプロデューサーのI藤さんと次回手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』打ち合わせ。次回締め切りは9月中旬。今度こそ遅れないようにしないと。

 その後、電車で池袋を経由して椎名町へ。以前、手塚治虫公式サイトのコラム『虫さんぽ・トキワ荘周辺』の取材でお世話になった商店街のK出さんにお会いする。K出さんは、地元商店街の世話役として地域振興に尽力されている方で、今度また10月に豊島区でトキワ荘関連のイベントが開かれるので、そのための資料を収集中ということで、ぼくの持っている資料をお貸しするためにうかがったのだ。
 その代わりにというか、こんな素敵なおみやげをいただいてしまった。トキワ荘通り名物 チューダーあめ!!

20090904a.jpg チューダーというのは焼酎のサイダー割りで、トキワ荘にマンガ家が集まっていた当時、マンガ家の寺田ヒロオが考案し、仲間が集まるときに愛飲していたという、トキワ荘伝説の飲み物なのだ。
 トキワ荘通りでは、数年前から、お祭りの際にこのチューダーを復刻販売して好評を得ており、そちらはもう地元では定番の飲み物として定着しているというが、最近になってそのチューダーの風味と味を再現した飴チューダーあめの販売も始めたのだという。トキワ荘周辺のいくつかのお店でのみ販売している地域限定商品だそうなので、食べてみたい方はぜひトキワ荘通りを訪れていただきたい。あめはもちろんノンアルコールなので、お子様やお年寄りにも、ドライブのお供にも最適だ。K出さんによると、寺田ヒロオさんのご子息からは、これ以外にも、トキワ荘に関連したいろいろな地域限定商品のアイデアをいただいたそうなので、いずれそれらも商品化されたらいいですね!!

 K出さんと別れて池袋へ出たので、今日こそ池袋ネオ・チャイナタウンで夕食を食べて帰ることにする。しかし北口周辺をぐるっと歩いてみたものの、どのお店がいいかなかなか選べない。いや、おいしそうなお店はいっぱいあるんだけど、小皿料理のお店とか、居酒屋風のお店ばかりで、ひとりで夕食を食べるようなお店がないのだ。
 このあたりには、ちょっとアダルトなお店もいろいろあるから、ポン引きのニイチャンには何度も声を掛けられるし、耳かきエステの看板の超カワイイお姉さんの写真を見たときには、そのアリ地獄のような吸引力に思わず足元がサラサラと崩れて落ち込みそうになったが、ぎりぎり食欲が勝って脱出に成功した(笑)。

 20090904b.jpg ということで北口周辺を歩くこと30分、結局、駅にほどちかい路地の奥のこのお店に入ることにした。欲を言えば店の造りがもっと日本離れしたところが良かったんだけど、店内をのぞくと調理しているのは日本人じゃなさそうだったので本場の味が食べられるかも、とちょっと期待。

20090904c.jpg 食べたのはターローメン(880円)。トロミのついた酸味のあるスープの中に、白菜やチンゲン菜、豚バラ肉などが入ったもの。コクがあるのに酸味がさわやかで、中華料理風の風味も生きた味で美味。これは当りのお店でした!!

9/5-6
 2話連続で原稿を上げることになっている『龍のおんな』の原作を執筆。しかし集中力が湧かず、あまり進まない。うーんうーん。

9/5
 夜、フジテレビ開局50周年記念の特番アニメ『ジャングル大帝』を見る。パンジャとレオのキャラクター設定だけを手塚治虫の原作マンガから引用し、ストーリーは完全なオリジナルだ。

20090905.jpg

©手塚プロ、フジテレビ

 日本人の実業家が海上に人工のジャングル島「ネオジャングル」を築き、そこに世界中の動物を集めて飼育展示する施設を建造しているというのが基本的な設定。まぁ『ジュラシックパーク』ですね(笑)。
 そのジュラ......じゃなくてネオジャングルに連れてこられたパンジャと、このネオジャングルで生まれたレオ。そこに日本人実業家の息子・賢一がからんで物語りは展開していく。
 賢一がなぜか動物と会話ができるという設定は物語の展開上必要不可欠にもかかわらず、それがなぜなのか、その説明がまったくなかったのが消化不良だったのと、アニメーションの動きがイマイチで、とくに動物らしい動きへのこだわりが少なかったことが残念。だけど全体的には、イマ風の設定の中に、『ジャングル大帝』の世界観をうまく当てはめていて、それなりに最後まで楽しめた作品だった。

9/7
 仕事を中断し、電車で銀座へ。ソニービル前でフリーライターのとみさわ昭仁くんと待ち合わせ。とみさわくんとは、20数年前、「週刊少年ジャンプ」で『ファミコン神拳』という企画ページの仕事をしていたときにご一緒させていただいていたのだが、会うのは実に10数年ぶりだ。とみさわくんは、ここ数年間はあるゲーム会社で仕事をしていたが、最近、またフリーになったということで、久々に再会したのだった。
 銀座で待ち合わせたのは、とみさわくんから、今日が最終日の『赤塚不二夫展』のチケットを持っているので一緒に行きませんか、とお誘いを受けたからだったのだ。
 つい先日、久々に赤塚不二夫考案の料理キャベツだけ炒めを食べたばっかりのところへ、3日前には急にトキワ荘通りへ再訪する用事ができ、さらに今日こうして展覧会のお誘いを受けるなんて、何たる偶然だろうか! いや、これは何かの必然なのかも!?

20090907.jpg

赤塚不二夫展の図録とチケット

 会場内は、今日が最終日とあって平日にもかかわらずかなりの人でにぎわっていた。赤塚不二夫というと、『天才バカボン』を評価する人が多いと思うが、ぼくにとっての赤塚マンガの原体験は『おそ松くん』であり、その生原画の展示などはやっぱり魂が震えましたね。ぼくが当時、擦り切れるまで読んだ雑誌や単行本の生原画は神々しさに光り輝いておりました。
 あと収穫だったのは、赤塚不二夫のカラー原画というのが、実はパステル調の淡い色調を多用していて実に繊細だったこと。昔の少年雑誌のカラートビラ絵の多くは光沢のある紙が使われるので、その紙に印刷されると、中間色がトンでしまってコントラストが強く印刷されるらしい。だから、生原画は、ぼくが記憶している赤塚のカラーイラストよりもずっとずっと淡い色調のものだったのだ。
 それから、赤塚不二夫より少し前に亡くなった奥様が秘蔵していたというトキワ荘時代の写真は、まさに秘蔵写真という名前にふさわしい、見たこともないものばかりで驚いた。
 展示方法にも随所に工夫が凝らされていて、それもとてもよかった。例えば入り口を入ってすぐのあたりに赤塚不二夫の略歴を紹介したパネルが掲げられているのはよくある展示方法だが、そのパネルは赤塚の誕生から壮年時代までのことしか書かれていないのだ。では晩年の略歴はどうしたのかというと、ずーーーっと展示を見てきて、ほとんど出口の近くにあるのである。入り口付近ではその前半生だけを紹介し、後半生の略歴は展示を見た後、というストーリー作りは憎い演出でした。
 あと、テレビでも紹介されていた、さまざまな有名人によるシェー写真を集めたコーナーも人気を集めていたが、中には「なぜこの人が?」という人が入っていたりして、人選の根拠が不明だったりした。

 会場では、とみさわくんとも共通の知り合いである某有名ギャグマンガ家さんとバッタリお会いした。いやー、やっぱりギャグマンガを仕事とされている方は、赤塚不二夫はしっかり押さえてるんですね。

 会場を出て、とみさわくんとルノアールで近況報告&情報交換をする。50歳を前にして、会社を辞めてフリーになるというのはかなりの決断だが、すでに若い頃にフリーとしてのキャリアも充分に持っているとみさわくんのことだから、そこは心配していない。ぜひまた一緒に面白い仕事をしましょう、ということで別れたのだった。

投稿者 黒沢哲哉 : 21:56 | コメント (2) | トラックバック

2009年8月18日

マジシャンズLIVEを観覧、NHKの取材を受ける

[コメント (2)]
[ マンガ原作 , その他の仕事 ]

 打ち合わせ開始からほぼ10か月もかかっている、小学館の「学習まんが人物館」の原作にもそろそろケリをつけないといけない、というわけで、今月前半はずーっとコレにかかりきりでした。
 希望的には上旬には書き上げる予定だったんだけど、完成ならず。中旬にまでずれ込んでしまった。どうなる!!

8/8
 午後、仕事を中断し、電車で代々木公園へ。今日はここ代々木のオリンピックセンター(国立オリンピック記念青少年総合センター)で、プロマジシャン事務所ウイザードインの主催するマジックショーを観覧するのだ!

20090808.jpg 行ってきたのはコレ。プログラムはニ部制で、15:30からは、ウイザードインの所属マジシャンが総出で行なわれるウイザーズナイトというマジックライブを開催。そして1時間ちょっとの休憩を挟み、19:00からはウイザードインの看板マジシャンである緒川集人氏の単独ライブショーが行なわれた。もちろんぼくは一部二部通し券を前売りで購入。この日を心待ちにしていたのだった。
 当日はオリンピックセンターカルチャー棟の384席ある小ホールがほぼ満席となり、来場者全員に画像のような大入り袋が配られた。
 そしていよいよウイザーズナイトがスタート。昼なのにウイザーズナイトとはこれいかにであるが、実はこのウイザーズナイトという名前で毎年行なわれているライブショーには、ウイザードインの若手を育成するという目的と、ファン感謝祭というふたつの意図があるそうで、プロマジシャンたちが自分の得意とするオハコのマジックを披露するのではなく、あえて新作にチャレンジする場となっているのである。それだけに、たまにネタが多少滑ってしまったり、現象を失敗してしまったりする場合もあるのだが、それでもプロマジシャンたちが真剣に挑戦する姿や表情が見られるということで、毎回大好評なライブなのであった。
 今回のウイザーズナイトは、マンガ「デスノート」のパロディ仕立てのお話で、マジシャンが次々と謎の死を遂げるというところから始まる。そのお話の中で様々なマジックが楽しめるという展開だった。バックのスクリーンに映し出されるビデオのロケーション映像とステージの演技がシンクロする場面もあり、途中、お客さんをステージに上げる場面もあり、1時間半はアッという間に過ぎたのだった。

 ここで第二部の開始までいったん休憩。ぼくは夕飯を食べるために、いったんオリンピックセンターを出た。センターの向い側にラーメン屋があったはずなので、そこで夕食を取ろうとしたのだが......なんとラーメン屋は跡形もなくなっていた。
 仕方ないので、オリンピックセンターへ戻って中のレストランで食べることにした。セルフサービスの食堂で洋食ランチを注文。魚のフライとスープとライスで670円。まあ学食レベルと考えるとフツーの料金である。......と思ったら、な、何とこのほかにサラダバーとドリンクバーとスープバーがあって、サラダもデザートもご飯もジュースもコーヒーもスープも味噌汁も食べ放題・飲み放題なのだった。うおおっ、や、安い......!! これじゃあラーメン屋もつぶれるわな......(汗)。

 そして第二部スタート。緒川集人氏は数年前にアメリカへ移住し、現在はロスアンゼルスを拠点として活躍。2003年から3度、マジシャンズオブザイヤーを受賞している実力派マジシャンなのだ!
 今回は、その緒川さんの単独ライブということで、応援マジシャンの出演はもちろんあるが、それでも1時間半、緒川さんがほぼ出ずっぱりで様々な現象を見せてくれた。一度に10人の観客のカードを当てるマジックでは、僕もその観客の一人として声をかけられた。もちろん全員ズバリと当てたのだった。
 ショー終了後、ウイザードインのメンバーと常連さんやファンの皆さんは、居酒屋で打ち上げに向かったが、ぼくは仕事を残しているのでここで失礼した。

 帰宅後、再び「学習まんが人物館」の原作を執筆。その後もずっと原作を執筆。結局、最終章を書き上げたのは8/13デシタ。

4915906868緒川集人物語
壮神社 2004-02

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8/12
 10:30、柴又のおもちゃ博物館へ。今日はNHKの「おはよう日本」の取材があるのだ~。
 先日、このブログでも紹介したけど、銀玉鉄砲メーカーの老舗セキデンから、懐かしの銀玉鉄砲が復刻された。NHKでそれの紹介をするそうで、これを持っているマニアの人はいないかといことで、人づてでぼくに声がかかったのだった。銀玉鉄砲の紹介ならぜひ! ということで出演を快諾し、撮影は10日の予定だったのだが、あいにくの台風9号接近で延期となり、この日の収録になった。
 取材内容は、銀玉鉄砲好きな、ぼくとおもちゃ博物館オーナーのKさんが、この鉄砲で撃ち合いをして遊んだりウンチクを語ったりするところを撮影したいという。しかし実際の撮影では、事前に向うで質問が用意されていてそれに答えるだけだったので、思いのたけを半分も語れなかったのが心残りだった。あとはどんなふうに仕上がっているかだけど、放送は9月2日の朝だそうですので、また放送を見たらレポートします。

2009/06/20のエントリー懐かしの銀玉鉄砲 復刻!
※新しいウインドウが1枚開きます。

B00264UD96銀玉鉄砲 セキデン オートマチック SAP.50 (銀玉50発入)
セキデン

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8/14-17
「別冊漫画ゴラク」連載中の『龍のおんな』第12話の原作を執筆。おおまかな展開は早くに出来ていたのですんなり書けると思っていたのだが、第1稿を書き上げてみると何となくテンポが悪い。そこで担当編集のT橋さんと電話で相談。エピソードの順番が悪いのでは、という指摘を受けた。そこで展開はそのままにエピソードを入れ替えてみることにした。ということで第2稿を執筆することに。

8/18
『龍のおんな』の原作執筆を中断して電車で九段下へ。ミリオン出版のT根編集長と打ち合わせ。T根さんはこないだまで『漫画ナックルズ撃』の編集長をしていたが、現在は都市伝説とミステリーをテーマとしたマンガ誌『漫画ミブルイ』の編集長をしているとのこと。『漫画ミブルイ』は現在2号まで刊行中で、この雑誌で新たな原作を依頼されたのだ。締め切りは今月中。また締め切りが重なっている。
 なんかね、別に言い訳するわけなんだけど、毎日暑くてね、仕事がはかどらないわけですよ。もうね、今日も帰ったらきっともう疲れて仕事にならないだろうなーと思ってたら、案の定、ブログを書いたりしているわけで、ああっ、早く仕事をしなくちゃ!!
 それはそうと、移動中に小学館出版局のM山さんと電話で打ち合わせ。先日、メールでお送りしておいた『学習まんが人物館』最終章の原作がこれでOKとのこと。ついに1冊分完結となりました。ふー。

4813062814漫画ミブルイ VOL.1―身近な怪異に漫画で迫る!実話ベースの都市伝説コミックマガジン!! (ミリオンムック 81)
ミリオン出版 2009-06

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4813063055漫画ミブルイ VOL.2―身近な怪異に漫画で迫る!実話ベースの都市伝説コミックマガジン!! (ミリオンムック 5)
ミリオン出版 2009-08

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投稿者 黒沢哲哉 : 21:29 | コメント (2) | トラックバック

2009年8月 2日

水筒便利その後

[コメント (0)]
[ プライベート , マンガ原作 , 食べ物 ]

 先月後半から、締め切りに追われてました~。
7/3-7/12
 小学館「学習まんが人物館」の原作第4章を執筆。予定よりかなり遅れているが、作画家さんの方もお忙しいとのことで、猶予期間をいただいたのだが......それでも進まん!
 とにかく第4章を完成させてお送りし、担当編集M山さんと電話で打ち合わせ。一部修正箇所を指摘されたが、部分訂正でOKとなった。引き続き第5章へ突入だっ!!

7/7
 早朝車で家を出る。手塚治虫公式サイトの取材で東京近郊の某所を訪問。前日まで雨で翌日も雨の予報だったが、この日は快晴。暑いくらいで取材にはキツかったがいい写真が撮れた!

7/14-24
 手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』第4回の原稿を執筆。こちらも予定が押しているので急がなければならない。
 第1稿完成後、メールでお送りし、担当I藤さんと電話で打ち合わせ。今回のテーマは今月、映画が公開されて注目されている『MW』について。I藤さんは、お送りした原稿についてNGとは言われなかったが、何となく反応が芳しくなかったので全面的に書き直すことにした。その後、24日にお送りした第3稿で決定稿となる。

7/11
 仕事を中断し、夕方、電車で新宿へ。この日は手塚治虫ファン大会で知り合った手塚ファンの皆さんが懇親会を開催されるということで、お誘いをいただいたのだ。初めて参加させていただいたが、皆さん、ホントにコアな方々で、いろいろな情報も得られ楽しい時間が過ごせた。

7/27-8/1
 雑誌「G-Diary」の連載コラム『あの日の僕に帰りたい』第30回の原稿を執筆。今回は素材はすぐに集まったのだが、表現が微妙な部分が多くネタの料理に時間がかかり、3日もかかってしまった。ふー。

7/28
 所用で車で新横浜へ出かける。途中、数時間の空き時間が出る予定だったので、ノートパソコンを持参し、駐車場の車の中で仕事をすることにした。快晴で暑くてたまらなかったらファミレスへ避難する予定だったが、曇天だったのでポータブルバッテリーと12V扇風機だけで何とかしのぐことができた。
 ただ、スライドドアを全開にしていたので蚊の攻撃をかなり受けた。実は車用の網戸が夏前から製作途中の段階で止まってるんだよねー。早く仕上げないと夏が終わってしまう。




 ところで、ちょうど1年前、サーモスの真空断熱ケータイマグを購入して、今も愛用中なわけだけど、その後、新型が発売されたので、その新型との比較や、使っているうちに分かった使用感などの続報をレポートしたいと思います。

 昨年購入したときのレポートは↓こちら。
 2008/07/14:水筒便利!
 ※新しいウィンドウが1枚開きます。

20090802a.jpg これが去年購入した THERMOS(サーモス)のJMX-500メタリックブラック(左)と、JMX-350ミスティブルー。
 保温・保冷効果については、ぼく的にはこれで充分でした。おおよそ5~6時間くらいは充分な温度を保っている感じ。ただし中の液体の量が減ってくると急激にぬるくなってくるので後半は早めに飲まないとおいしくなくなってしまう。

 使用頻度は夏場で3日おきに1度くらい。冬場は半月に1回くらい。で、その間、2度内容物がもれたことがあった。いずれも熱いコーヒーを入れていた時で、入れて1~2分後に車の中で飲もうと水筒を傾けたところ、パッキンの部分からポタポタと5~6滴。
 一度目はフタがしっかりしまってなかったのか、閉じるときにパッキンの外にこぼしてしまったのだろうと思ったが、しばらくしてまた発生したので原因を徹底究明した。
 その結果、どうやら水筒が冷えた状態で熱い飲み物を入れてそのまますぐにフタをすると、密閉された中で膨張した空気の圧力でパッキンの隙間から液漏れが起こるらしい。そこで、熱い飲み物を入れたときは、しばらくフタを開けておき、水筒の温度が上がったところでフタを閉じるようにした。こうするようになってからは液漏れは起きていない。
 それから、フタのパッキン部分に臭いが付着しやすく、その臭いがなかなか落ちないという問題があることも分かった。それでもコーヒーや紅茶の臭いは使用後すぐに洗う習慣をつけて、しばらくすれば落ちるのだが、1週間たっても落ちないのが市販ドリンクの香料の臭い。スポーツドリンクを入れると、ほかの飲み物を入れてもその香料の臭いが鼻について味がマズくなるので以後スポーツドリンクは入れないことにした。香料の入った飲み物を入れる場合は専用の水筒を用意した方がいいだろう。

20090802b.jpg 一方、コーヒーはパッキンに茶色い汚れが付着し、見た目が悪い。これはもうどうしようもないので、350の方はコーヒー専用にしてしまった。

 ちなみに、ぼくがこれらを購入した後、サーモスのケータイマグの新型が発売されたが、店頭で現物を見てみると、新型はぼくの使用している旧型の欠点が改良されていてショックを受けた
 まず、フタの横に付いているプッシュボタンを押すとフタがパカッと開いて片手で飲める仕組みは同じなんだけど、旧型はフタの部分にバネのテンションがかかってないので、たまにパカッと全開しないことがあり、あらためて手でフタを持ってロック位置まで開いてやらなければならないことがあった。それが新型ではフタが開く方向にあらかじめテンションがかかっているため、プッシュボタンを押せば確実にフタがロック位置まで開いて固定されるしくみになった。これだけでもかなり便利なはずである。
 あともうひとつは、フタがカバンの中などで不用意に開かないようにする固定機構について。旧型はロックスイッチがスライド式だったため、ロックしたつもりでも固定が不完全になっていることがあった。しかし新型の固定機構は、レバーのように半回転してプッシュボタンを上から押さえる仕組みになったので、誤ってカバンの中でロックが外れてしまうことはまずないだろう。
 新型はこの2点だけでも買いですな。

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投稿者 黒沢哲哉 : 22:56 | コメント (0) | トラックバック

2009年6月24日

中山慶治写真展「1979年の迷宮」を観る

[コメント (2)]
[ マンガ原作 , 写真 , その他の仕事 ]

6/21
「別冊漫画ゴラク」の『龍のおんな』第10話原作第1稿を執筆。数日前から前半部分を書いては書き直しを繰り返していたが、50%を過ぎたあたりからようやく光が見えはじめた。
 22:00、ようやく第1稿が完成。メールで編集部へ送る。

6/22
 13:00、電車で高田馬場へ。手塚プロで担当プロデューサーI藤さんと、手塚治虫公式サイトのコラム『虫さんぽ』『あの日あの時の手塚マンガ』打ち合わせ。新たにスタッフに加わったO輪さんを紹介していただく。
 現在公開中のコラムでストックは消化してしまったため、早急に次の企画を進行させないといけない。さっそくいくつかの企画を同時にスタートさせることになった。

20090622.jpg

手塚プロ入り口で出迎えてくれるアトム像。
ちょっと顔が汚れちゃってますか?

 19:00、「別冊漫画ゴラク」担当編集T橋さんから電話があり、昨日送っておいた『龍のおんな』第10話原作第1稿について打ち合わせ。後半部分はこのままでOKだが、やはり悩んだ前半部分が少しもたついているということで、そこを修正すべく相談し、なおかつ、後半部分との統一感を出す構成にすることで合意した。

6/23
 さっそく『龍のおんな』第10話第2稿を執筆。今度は方向性が見えているので迷うことなく書きあがり、21:01、完成した原稿を編集部へ送る。

6/24
 13:30、電車で八幡山へ。大宅壮一文庫で手塚治虫公式サイトコラムの資料調べを行なう。目指す資料は絞られているからすぐに検索して閲覧させてもらうつもりでいたら、いつもはほとんど誰も使用していない1985年以前のインデックスを他の人が使用中で検索できない。
 大宅文庫は、1985年以降のデータは電子化されていて、何十台も置かれているパソコンで検索できるが、それ以前の資料は、数冊の冊子になっている辞書のようなインデックスを使わなければならないのだ。
 仕方ないので、しばらくボーッとして無為な時間を過ごした後、ようやくインデックスが空いたところで飛びつき、すかさず検索。すぐに資料をコピーしてもらって任務を終了した。

 16:00、新宿から地下鉄に乗り換え、四谷三丁目へ。ここで高校時代からの友人で写真家の中山慶治くんが写真展を開催中なので、見学に行った。

20090624a.jpg 写真展のタイトルは、中山慶治写真展「1979年の迷宮」。今からちょうど30年前、中山くんが日大芸術学部写真学科の学生だった21歳の時に撮影した、東京・下町の懐かしい路地裏の写真の数々が展示されている。
 いまでこそ東京下町の路地裏といえば、昭和レトロブームとも相まって街歩きスポットとして注目を集め、デジカメ片手に散歩をするという人も多いが、当時はそんなことをしている人はほとんどおらず、中山のテーマにようやく時代が追いついたというところか。

20090624b.jpg 写真を1枚1枚見ていくと、懐かしい風景と共にあのころの思い出がよみがえってくる。何しろ撮影時に、ぼくもその場に立ち会っていた写真もあるから、特にそんな写真は懐かしさもひとしおだ。
 おもにロケ地となっているのは東京墨田区の鳩の街周辺の路地。ここは今も昭和30年代のような懐かしい風景が多く残る場所だけど、30年前は、さらに昔の昭和初期から戦後すぐのころの時代の匂いさえ感じさせてくれるような、ほとんど時の流れから忘れ去られたような街だった。
 そうした戦前から終戦直後の時代の空気をイメージしながら撮影されたのが今回の写真群であり、ここに記録されているのは単なる30年前の風景ではない。30年前に中山くんがレトロ(という言葉すら一般的ではなかった)と感じた、いわば心象風景なのである。
 そして写真はすべて、あえて赤外線フィルムを使って撮影されている。赤外線フィルムで撮影すると、日中の太陽光の下では、赤いものや、青々とした木々の葉などが真っ白に飛んでハレーションを起こしたような効果が出る。またそのハレーションがソフトフォーカス効果にもなり、幻想的な、夢の世界のような効果を生むのだ。
 今回、この写真展を見せていただいて感じたのは、30年の時の流れが、彼の写真に、当時見せてもらったときとは違う新たな価値を加えているということだ。今のように誰もが当たり前に写真を撮る時代ではなかった当時、中山くんがカメラを携えてそこに出向き、その風景に何かを感じてシャッターを押した。その行為自体が、30年の時を経て、とても貴重な時代の記録(あるいは記憶)になっているのである。
 いま多くの人が大量に撮影しているデジカメ写真や携帯の写メなど。それらも今後30年の時が過ぎると果たしてそんな価値が出てくるのだろうか。

20090624c.jpg 中山慶治くん。最近は、『日本カメラ』などにも作品を発表している。
 写真展の開催期間は今週末までだけど、興味のある方はぜひ! 開催期間 28日(日)まで。12:00~19:00(最終日~16:00) 会場 四谷三丁目Roonee 03-3341-8118

参考リンク:
デジカメWatchの中山慶治写真展「1979年の迷宮」紹介記事
※新しいウィンドウが1枚開きます

投稿者 黒沢哲哉 : 23:23 | コメント (2) | トラックバック

2009年6月 4日

再訪!手塚治虫展

[コメント (0)]
[ マンガ原作 , 本、マンガ , その他の仕事 ]

20090604a.jpg 朝8:00起床。先日取材で行った江戸東京博物館の手塚治虫展を再訪する。取材の日は時間をかけて見られなかったので、いずれあらためて行く予定ではいたんだけど、何でも今日6月4日はむしの日ということで、先着300名に記念品がもらえるというのだ。だとしたら今日、行くしかないでしょう!!
 結局、昨日、遅く寝たのですぐには起きられず、家を出たのが9時過ぎ。博物館へは10時ごろに着いたのだが、それでもめでたく記念品をもらうことができた。

20090604b.jpg 記念品は、今回の手塚治虫展限定アイテムである鉄腕アトムのポストカードだった。しかも会場入り口でカードを配っていたのは、先日、取材でお世話になった学芸員のK上さんだった。お忙しそうだったので、軽くごあいさつをして、すぐに会場内へ。あっと、その前に、取材のときにK上さんがすすめておられた音声ガイドシステムアトムツアーズの携帯端末を500円で借りる。これは、この端末を首から掛けてヘッドフォンを頭からかぶり、指定箇所で指定ボタンを押すと、手塚眞氏や藤子不二雄A氏、アトム、ブラック・ジャックの声で展示のガイドが聞けるというもの。実際、使ってみると、展示の見所が分かりやすく解説されていて、効率よく見られた。特に藤子不二雄A先生が、手塚治虫の『新宝島』に出会ったときの衝撃を語る言葉を聞きながら『新宝島』の生原稿を見るなんていうのは、なかなか感動的な体験でした。これはぜひオススメです。
 手塚治虫展は6月21日まで開催されています。前回取材に行ったときより、混雑してましたから、これから後半へ向けて次第に混んでくると思われます。行こうと思っておられる方はお早めに!!

参考リンク:
江戸東京博物館「手塚治虫展」
手塚治虫.net「虫さんぽ 番外編 手塚治虫展と両国・浅草界隈」
※新しいウインドウが1枚だけ開きます。

 手塚治虫展をお昼ごろまで見学し、その後、電車で浅草へ。お腹が空いたので、浅草通りの雷門の並びにあるステーキのお店ちんや亭で、ハンバーグ定食を食べる。このお店、すぐ隣のすき焼きの名店ちんやが経営する全席カウンター式のステーキ屋さんで、高級なお肉がランチタイムには非常にリーズナブルな価格で食べられるのだ。
 10年以上前、仕事でよく浅草を通ったころには、度々寄っていたお気に入りのお店である。ただ10年前はもっと安かった気がするのだが......10年もたてば仕方ないか。
 ということで、今回は絶品のサイコロステーキはあきらめてハンバーグに。しかしハンバーグもジューシーでしっとりと柔らかく、味噌汁とサラダが付いて1200円は大満足でした。

20090604c.jpg お昼時間を過ぎたところで、ここから100メートルほど行ったオレンジ通り沿いにある喫茶店アンヂェラスへ向かう。ここも、手塚治虫展と同時に『虫さんぽ』で取材させていただいたので、ホームページの記事をプリントアウトしたものを持参したのだ。せっかくなので、お店の名前にもなっている名物ケーキアンヂェラスとダッチコーヒーをいただくことにした。このアンヂェラスというケーキは、かつて手塚治虫が愛したというもので、表面のチョコの食感と舌の上でフワッ溶ける生クリームが最高のハーモニーであった。そしてご主人からは、手塚治虫や山下清の直筆サインを見せていただいた。す、素晴らしい!!

 その後、電車で神保町へ。いつもの喫茶店古瀬戸で、「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんと、次回『龍のおんな』プロット打ち合わせ。「別冊漫画ゴラク」は4月から、それまでの月2回刊から月刊に変わったのだが、その結果、売り上げは伸びているそうで、まずは月刊化成功らしい。『龍のおんな』の評判も上々だということなので、あとはさらに盛り上げる方向である。

 ところで、今回は手塚治虫展に行くということで、電車の中で読む本にはコレを持っていった。

4416909233「父」手塚治虫の素顔
あいうえお館 2009-05

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 タイトルどおり息子だけが知るマンガの神様の素顔が軽妙な筆致で率直に描かれていてひとことひとこと実に興味深い。学生時代、眞くんから断片的に聞いた話などもチラホラ出てきてニヤリとしたり。マンガの神様の人間的な側面が分かる貴重な資料です。

 20:00過ぎ、帰宅して夕食を終えたところへ、携帯が鳴った。先日、ブログにコメントを書いてくれたリキである。
リキ「黒沢、いま家?」
黒沢「そうだけど」
リキ「いま、お前んちの前にいるんだけど」
黒沢「えーっ?」
 家を出てみたら何と、本当にパジェロミニでリキが来ていた。最後に会ったのは4~5年前だろうか。お互い、そんなに遠くに住んでいるわけじゃないんだけど、仕事が違うと予定も違ってなかなか会うことができず、ごぶさたしていたのだった。そこで、ぼくのコラムのために資料を借りたいというお願いをして、あらためて近々また再会する約束をした。いやー、びっくりしました。

投稿者 黒沢哲哉 : 21:43 | コメント (0) | トラックバック

2009年5月28日

ダメージ50%回復

[コメント (0)]
[ ハードウェア , マンガ原作 , その他の仕事 ]


 今日、「別冊漫画ゴラク」の『龍のおんな』第9話の原作をアップ。ようやく連続締め切り攻撃がひと段落した~~~。
 って、まだ全てが片付いたわけじゃないんで、編集さんに見られるとマズイんだけれども、とりあえず近況報告します(汗)。

5/11
20090511.jpg 過日、ぼくも一部の原稿を書かせていただいた小学館の『21世紀こども百科 もののはじまり館』が、めでたく10万部を突破したという。
 そこで小学館クリエイティブのW辺くん、I田さん、M村さんが、ライターやフリー編集者など、外部の関係者に、な、何と太っ腹なことに自腹で慰労会を開いてくださるというので、ありがたくごちそうになってまいりました。
 場所は後楽園の超高層ホテル・東京ドームホテル43階にあるアーティスト・カフェというお店。生演奏の音楽が静かに流れ、窓からはご覧のような東京ドーム入れ込みの絶景の夜景が見下ろせるお店だ。
 この『もののはじまり館』では、今年2月に小学館の主催で大ヒット祝いパーティを開いてくださり50人近い人が集まったんだけど、今回は小クリを窓口として仕事をした人だけのごく内輪の会だったので、じつにこじんまりとしたアットホームなパーティとなった。会話も、お互いの昔話や若気の至りの失敗談、そして共通の知人の噂話(?)などなど、ディープな話題で盛り上がったのだった。小クリの皆さん、ごちそうさまでした!!

409221271221世紀こども百科 もののはじまり館
小学館 2008-12-06

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5/12
20090512.jpg 電車で浅草へ。数日前に手塚プロのI藤さんから電話で連絡があり、手塚治虫公式サイト『手塚治虫.net』で連載中のコラム『虫さんぽ』で、番外編をやってもらいたいとのこと。今日はその取材の下打ち合わせとして某喫茶店へやって来てるのだ。
 企画の内容は、現在、江戸東京博物館で開催中の『手塚治虫展』にからめて、手塚治虫展と両国・浅草界隈を散歩して欲しいというものだ。
 打ち合わせは30分で終わったので、浅草の裏道を歩いてみた。写真は花やしきを裏側から見たところ。ラブホテルの看板や飲み屋街の間に遊園地がある、というのがたまらなくいい感じ。浅草も上野も、ここ数年で急激に雰囲気が変わってしまったが、まだまだこういう風景が見られるのが貴重です。

20090512b.jpg 打ち合わせが終わったので、電車で上野へ。アメ横の台湾食材のお店でお気に入りの台湾製激辛調味料を購入する。この調味料......というか唐辛子の油漬けなんだけれども、豆鼓とか、小魚とか、ニンニクとか、海老とか、いくつか種類があって、そのままご飯にかけても、パスタやラーメンのスパイスにしても最高にンマイのだ。
 数年前に台湾人の知り合いからいただいたことがあり、それ以来気に入って、うちの冷蔵庫の常備品となっているのである。
 ずっと机に向かって仕事をしていて集中力が切れかかったときには、辛味成分と甘味成分が欠かせないのである。皆さんもぜひお試しあれ。ひとビン250円。激辛なのでひとつで1年近く食べられます。

5/13
20090513.jpg 午後、電車で両国へ。江戸東京博物館の手塚治虫展を取材した後、浅草まで歩き、手塚治虫が生前、常連として通っていた喫茶店へ。ここでは、手塚治虫が大好きだったという洋酒ケーキと梅酒入りのコーヒーをいただきながらご主人に話をうかがった。取材とはいえ、昼間から飲めないアルコールを飲んでしまったのでフラフラで帰途に着く。ううー、今日はもう仕事になりましぇーん。
 上の画像は、散歩の途中の蔵前通りと江戸通りの交差点にあったブリキのおもちゃ屋さん。浅草・蔵前周辺にはおもちゃ問屋さんが数多く軒を連ねているが、最近はこうした小売りの店やフィギュアの専門店(!)なんかもあって、もしかしていずれこのあたりも秋葉原みたいになってしまうのかも......なんてね(笑)。

5/15
 ミリオン出版からコミック単行本『実録・死刑囚の絶叫』の見本本が届いた。2月から3月にかけて、およそ1か月半かけて原作を書き下ろした8つのエピソードが収録されている。
 収録エピソードは下記。
1.宮崎勤(東京・埼玉連続幼女殺害事件)1988-89年(作画/烟巻和美)
2.坂巻脩吉(鏡子ちゃん殺害事件)1954年(作画/入倉ひろし)
3.本山茂久(雅樹ちゃん誘拐殺害事件)1960年(作画/宮西計三)
4.日高信子(夕張・保険金放火6人殺害事件)1984年(作画/阿宮美亜)
5.朝倉幸治郎(練馬一家5人殺し事件)1983年(作画/池田鷹一)
6.孫斗八(洋服商殺害事件)1951年(作画/伊賀和洋)
7.平沢貞通(帝銀事件)1948年(作画/岩田和久)
8.竹内景助(三鷹事件)1949年(作画/北村永吾)

 他人の死と自分の死に直面した実在の人物を描こうとするとき、そこには本人を含めて様々な人々の様々な思いが交錯するわけで、安易には書けないものだったけど、その一方で、死刑制度について色々な意見が飛び交い、裁判員制度も始まったちょうどいまのこの時期に、これを描く意義というものも強く感じる仕事だった。そうした意味で、誤解を招きかねない表現ではあるが、書いていて実に"面白い"ノンフィクションストーリーでしたね。
 去年の春に出した『実録・死刑囚の慟哭』からちょうど1年後になるわけで、作画してくださったマンガ家さんの顔ぶれもほぼ前回と同じ。ぼくもマンガ家さん方も、ストーリーの"勘所"がつかめたのか、マンガ的な完成度は前回より上がったような気がする。前回はおかげさまで好評で重版がかかったけど、今回も売れてくれるといいなぁ。

4813051898実録死刑囚の絶叫 (ミリオンコミックス)
大洋図書 2009-05-15

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5/25
20090525.jpg 朝、起きてパソコンに向かうと、ネットワーク接続がたびたび切れるようになっていた。PCを再起動したり、ケーブルの接続を確かめたりしてみたがダメ。昨日の夕方、雷雨だったので、もしかしたら雷にやられたかも......。以前、CATVでインターネット接続していたころ、一度、雷でケーブルモデムが破損したことがあった。今回ももしかしたら光モデムがいかれたか?
 そこですぐにプロバイダに電話をかけ、サポートの人と電話でやりとりをしながら原因を調べてみた。その結果、ルーターを介さずにパソコンを直接モデムにつなげると問題なくインターネットにつながることが確認できたため、原因はルーターの故障と特定された。
 しかたなく仕事を中断し、新しいルーターを購入すべく車で秋葉原へ向かう。
 まずはいつものツクモex.へ。ここで値段を調べてから、その後、いくつかの店を回ってみたが、どこの店でも価格はまったく一緒だった。昔は店によってかなり違いがあったんだけどなー。
 ならばいつもの店で買おう、ということで、もう一度ツクモex.へ戻って購入した。
 買ったのはI・Oデータ製の全ポートギガビット対応のブロードバンド有線ルーターETG-R。購入価格14,800円。下記のアマゾン価格よりかなり高いけど、今日すぐ買わないと困るので仕方がない。
 上の画像は、左のアイボリー色の筐体が今回購入したETG-Rで、その右隣の黒いのが2003年に購入して今まで使っていたNTT-MEの100MルーターBR8000Pro(当時の購入記は[こちら])。大きさが何と半分くらいになっている。
 ただ、ETG-Rは本体の左右に排熱孔があって、本来は画像のように縦置きは出来ない仕様なので、マジックテープで本棚の壁面に貼り付けている(壁に木ネジを取り付けてそこに掛けることは可能)。

 購入候補としては、事前にネットで下調べをし、価格対性能比から、このETG-RとコレガのCG-BARPROG-Xの2機種に絞り込んであった。
 コレガの方は秋葉原の店頭価格が19,800円。どっちにしようか迷ったが、コレガは過去にサポート電話がなかなかつながらなくて苦労した苦い記憶があるので、最終的にアイオーに決めた(現在、コレガ製品は使用していないので、いまのサポートの状況は知りません。もしかしたら改善されているかも知れません)。
 しかし一方ETG-Rの方も、ネットの掲示板では「動作が不安定」という書き込みが多々あったため、一抹の不安はあったのだが、接続完了後、あえて大きなファイルをアップロードしながら動画を再生させたりして負荷をかけてみたが、今のところ全く問題なく動作している。
 ブラウザから行なう各種設定も、今まで使っていたBR8000Proよりもずっと熟成された使いやすいものだ。紙のマニュアルは、かんたんセットアップガイドのようなペラペラのものだけで、詳細なマニュアルはCD-ROMで付属している。しかし基本的な設定はマニュアルを読まなくてもできるのでこれも問題なし。UltraVNCの運用では必須のポート開放の仕方も、BR8000Proのときにはマニュアルを読んでもよく分からず、ネットで情報を集めたりして大変だったんだけど、今回はサクサクと完了。あのころ悩みまくったのが遠い過去のことになっていました。

B000FSL9DYI-O DATA ETG-R 高速・多機能Gigabitブロードバンドルーター
アイ・オー・データ 2006-06-30

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5/26
 手塚治虫公式ホームページで、『虫さんぽ 番外編:手塚治虫展と両国・浅草界隈』が無事公開されました。無料で読めますのでぜひアクセスしていただけたら幸いです。本当はイラストマップも付くのですが、そちらは間に合わず、後日、追加で公開されるそうです。
※追記:5/29にイラストマップが追加されました。ブラック・ジャックとヒゲオヤジが散歩している絵が入った手塚プロ描き下ろしの地図もなかなかいい出来です。

クリックで手塚治虫公式ホームページへ(新しいウィンドウが1枚開きます)©手塚プロ

手塚治虫公式ホームページ[手塚治虫.net]


投稿者 黒沢哲哉 : 15:59 | コメント (0) | トラックバック

2009年5月 9日

35年前の東北ツーリング

[コメント (4)]
[ プライベート , マンガ原作 , その他の仕事 ]

 11:00布団の中で目覚める。えっ!? 10:00に目覚ましをかけておいたのに!? と思ったら、長年目覚まし代わりに使っていたCDラジカセが故障して電源が落ちていた。あれこれやっても復活せず、もう寿命のようだ。
20090508.jpg このラジカセは、ぼくが『週刊少年ジャンプ』で『ファミコン神拳』の仕事をしていた時代に、ジャンプの新年パーティでもらったものだった。本体には上記のようなシールが貼られている。
 このころジャンプは毎年新年号で最高発行部数を更新しており、ついに500万部の大台に乗ったのがこの1989年の新年号だったんですね。だけど、誰もがこれがピークだろうと思っていたら、さらにジャンプの発行部数は伸び続け、確か680万部くらいまで行ったんでしたよね。思えばマンガが恐ろしいほどの勢いを持っていた時代でした。現代においては、今の形態のマンガは、恐らくもうあのような黄金時代は二度と訪れないでしょう。しかしいずれ新しい形で、またマンガが時代の流行を最先端で引っぱっていくような存在になって欲しいものです。

 と、昔話をしている余裕はなく、寝坊してしまったので、あわてて仕事のメールをしまくり、電話をしまくった。連休中に止まっていた仕事はこっちから積極的に働きかけて動かさないと、編集者ものんびりしてるからなー(笑)。

 14:00、雨の中、徒歩で京成高砂駅脇の喫茶店白十字へ。小学館出版局編集のM山さんと待ち合わせ、学習まんが人物館の原作打ち合わせ。こちらもミリオン出版の単行本にかかったり、手塚治虫ホームページのコラムの企画立ち上げなどでバタバタしているあいだ、およそ3ヶ月間、止まりっぱなしだったので、ふたたびエンジンをかけないといけないのだ。
 しかし第2章までは基本的にOK。先日、第2稿をお送りした第3章は、もう少し書き直すことで合意。ここからはまくるぞーーー!!

 ところで、先日、連休を利用して久々に仙台へ長距離ドライブをしてきたが、偶然にもその直前に書き上げたコラムの原稿で、35年前に行った東北オートバイツーリングをネタにしていたのだった。古い写真を引っ張り出してきたので、こちらでもチラッと紹介しますね。
19741123-24a.jpg 1975年11月23日、35年前の高校2年の冬、3人の仲間とともに、原付バイク4台を連ねて福島県裏磐梯へ1泊ツーリングに行った。マシンはぼくがダックスホンダST50、友人K慈くん=スズキGA50K子くん=ダックスホンダST70S口くん=ホンダCB50

19741123-24c.jpg 真冬のキンキンに冷えた国道4号線をひたすら北へ走る。東京から目的地までは、地図上の計測で258km。所要時間片道8時間。寒さも厳しく、原付バイクでは果てしなく感じられる距離だった。
 ダックスST50の燃費はおよそリッター50km。燃費はいいが燃料タンクが満タンで2.5リッターしか入らないので、給油はひんぱんに行なわなければならなかった。ところがS口くんの乗るホンダCB50の燃費は何とリッター75km。しかもタンクが8.5リッターくらいはいるので、こちらはいくら走ってもぜんぜんガソリンが減らず、給油の必要もないという驚異のエコマシンなのだった。
 ところで、この写真のフレームが思い切り曲がっているのは、当時、自分で暗室で焼き付けたものだからです。

19741123-24b.jpg 4台の中ではぼくのバイクがいちばん非力で、福島県へ入ってからの山道では時速20kmであえぎながら登った。下半身が超短足に見えるけど、これはズボンの上からビニールカッパのズボンを重ねばきしているからである。

19741123-24d.jpg 裏磐梯はかなり積雪していた。そして夕方になると路面は完全に凍結。途中、ぼくは一度転倒してウインカーを折ってしまった。これで気分は一気にブルーに。しかし翌日は快晴で、ふたたび気力がよみがえった。シャキーン!!

 このダックスは、この後も10年以上愛用し、1986年ごろまで所有していて20,000km以上走ったが、最後は弟の友人にあげてしまった。
 あのころは、ぼくは一生バイクに乗り続ける、と思っていたのだが、いつしか人間が軟弱になってバイクを降りてしまった。今でもときどき、真冬の寒い早朝に外へ出たりすると、ふとこの東北ツーリングを思い出し、無性にバイクに乗りたくなるときがある。

投稿者 黒沢哲哉 : 00:29 | コメント (4) | トラックバック

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2009年3月25日 15:26 お仕事ダイジェスト+α
2009年1月30日 21:05 お仕事ダイジェスト
2008年12月20日 01:45 お仕事ダイジェスト+α
2008年12月 4日 23:30 お仕事ダイジェスト+α
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2005年12月 1日 01:31 今回もエグい原稿を頼みます
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