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[  仕事 - マンガ原作 ]

2010年7月 7日

蒸し暑さの中でも疾り続けるしかない...ヒィ...

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[ マンガ原作 , その他の仕事 ]

6/1
 11:00、柴又のおもちゃ博物館で、大学のワセダミステリクラブ後輩でフリーライターの大崎悌造くんと待ち合わせ。大崎くんがこんど学研から刊行予定の本で、ぼくのおもちゃの写真を撮影して使いたいというので、まずはこの日、柴又のおもちゃ博物館にあるおもちゃを撮影する予定なのだ。
 時間ぴったりに行くと、すでに学研のカメラマンさんと編集のY本さん、S野さんが来ていた。ほどなくして大崎くんも到着。
 すでに先月中に撮影する品のチェックは終わっていたので撮影は順調に進み、午後2時、帝釈天参道の川千家でうな重の遅い昼食を食べて解散。
 こういうのんびりした撮影なら歓迎なんだけどねー、来週には学研編集部での大量のおもちゃの撮影が待っているのだ。

6/5
 午後、電車で新宿へ。京王プラザホテルでマジックショーを観覧する。以前、ぼくが原作を執筆し「少年ガンガン」に連載したマンガ『マジック・マスター』で監修をしていただいた、プロマジシャンの柳田昌宏氏が日本での現役を引退することになり、その引退記念ショーが開催されたのだ。
 会場には、かつてお世話になった懐かしいマジシャンやマジックファンの面々が集まった。また、当時、ガンガンの編集担当で2年連続でアメリカ取材旅行へも行ったN川さんとも数年ぶりの再開を果たした。
 19:00、ショーが始まった。ショーはディナーショー形式で、食事を食べながら和やかにマジックを観覧するというもの。久々に見る柳田さんのマジックはもとより、かつて『マジック・マスター』で足繁く柳田さんの事務所へ通っていたころにはまだ新人だったマジシャンたちも、すでに堂々としたステージをこなしていて時の流れを感じたりもした。
 22:00、ショーが終了し、皆さんは二次会へと流れていったが、ぼくは仕事を残しているので帰宅。
『マジック・マスター』時代の忙しくも楽しかった日々を思い出しながらほんわかとした気持ちで帰路についたのだった。

6/7
 10:00、車におもちゃを満載して五反田へ。学研の写真スタジオで大崎くんの本のおもちゃ撮影1日目。数年前に自分の本で同じような撮影をしたから段取りは慣れたものだけど、やっぱりハードです。大崎くんもおもちゃのことはよく分かっているので、いちいち説明の必要がなく、それが助かったかな。
 ところでぼくは、学研ではおよそ25年ほど前に一度だけ『高一コース』で数ページのコラムを書いたことがあったけど、学研本社を訪れたのはそれ以来のこと。何でも新社屋ができたばかりだそうで、あのころとはまるで違うババーンと立派なビルになっていたので驚いた。

6/8
 10:00、車で五反田へ。学研のスタジオでのおもちゃ撮影2日目。この日も撮影は順調に進み、明るいうちにすべてのおもちゃの撮影が終了した。

6/9
 13:00、電車で神保町へ。集英社で編集のI沢くんと打ち合わせ。新しい仕事を依頼されたが、ぼくが通常3か月かけている仕事を1か月で上げてくれとのこと。んー、大丈夫だろうか......。

 そのまま電車で高田馬場へ。手塚プロでI藤さんと次回ホームページコラムの企画打ち合わせ。来週は取材もあるので、その段取りなどもあっていろいろと面倒なり。

6/11
 愛車フレンディのタイヤがそろそろやばいので、環七の平野タイヤにタイヤを注文してあった。そして今日は予約を入れておいた交換の日。どんなタイヤに交換したかなどの詳細は、後日、別エントリーをたてて報告いたします。

6/11-12
 ミリオン出版のムック用の原作を執筆。しかし書き上がる前に手塚治虫のコラムの締め切りが迫ってきちゃったのでこちらは一時中断。

6/14-16
 手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』第11回の原稿を執筆。資料はそろえてあったからすぐに書けると思ったら、意外にもてこずり3日もかかってしまった。ふー。

6/17
 と、そうこうしているうちに、とうとうミリオン出版編集のT根編集長からも催促の電話が来てしまった! 「あー、すいません。もう半分以上書き上がってまして、あとちょっとで書き上がるところですんで、今日中には送ります!」と返事をして、原稿を......書かずにすぐさま家を出る。

 13:00、電車で東銀座へ。昭和通り沿いの喫茶室ルノアールで、いそっぷ社社長のS藤さんと待ち合わせ。次回単行本企画の構成打ち合わせ。過去に雑誌に連載した記事を元に本を作る予定なんだけど、単行本の切り口に合わせてかなり書き直す必要がありそう。こちらが忙しくなる前に、ほかの仕事を片付けておかなくちゃ。

 帰宅後、ただちにミリオン出版の原作の続きを執筆。23:58、日付が変わる直前に完成した原稿をメールで送る。
 翌日、監修者のチェックでもOKが出たとのことで、ようやく脱稿した。ふー。

6/18
 10:00、車に自転車を積んで、神奈川県の鎌倉へ。今日は手塚プロのコラムの取材なのだー。午後からは天気が崩れるという予報なので、車を鶴岡八幡宮の裏手の駐車場に預けて、自転車で出発。目的の場所を急いで回りながらデジカメに収める。平日だというのに鎌倉は観光客でかなりの混雑だった。
 それにしても鎌倉に来たのは何年ぶりだろー。およそ20年くらいかしらん。由比ヶ浜に自転車を止めてボーッと海を眺めていると、ふと昔のことが思い出されてきた。
 かつて小学館で仕事をしていたころ、ぼくはまだバイクに乗っていて、仕事仲間で旅とバイクが大好きな人が鎌倉に住んでいて、その人と鎌倉や逗子をツーリングして遊んだことがあったっけなぁ......なんてふと感傷にひたったりして(笑)。
 そして午後、薄日まで差していた空は一転かき曇り、予報通りの雨となってしまった! 自転車は車に戻し、徒歩に切り替えるも、靴の中までぐしょぐしょ。後から来た手塚プロのI藤さんと合流するころには雨はさらに強まり土砂降りとなっていた。それでも何とか無事に取材を終え、鎌倉駅前でI藤さんと別れて帰途についたのは午後4時過ぎだった。
 すると、そのころになったら急に雨が小降りになりはじめ、首都高に入ったころにはもう完全に止んでいた。
 渋滞が始まっていたので、大黒パーキングエリアでちょっと早い夕食を取り、のんびりと帰宅。久々の鎌倉、楽しかったけど何だかドッと疲れた取材でありました。

6/20
 10:00、電車で有楽町へ。この日、ここで開かれる大江戸骨董市で、おもちゃコレクター仲間のNさんとMさんとプチオフ会を開催するのだ。先日、一度もお会いしたことのないMさんにネットでの情報交換でお世話になったので、一度、ぜひお会いしましょうということになり、共通の知り合いであるNさんも誘ってプチオフを開くことになったのだ。
 どうせならということで場所は骨董市会場に設定。ちょうどG-Diaryのコラムに使えそうな資料も見つかってホクホクのぼくなのでありました。

6/21
 そうこうしているうちに、小学館の学習図書編集部のF田さんからも、やりかけていた学習まんがの原作の督促メールが入る。
 こちらもそろそろ催促が来るんじゃないかと思っていたので、すぐに執筆に取りかかり、第2章第3稿を1日でアップした。なんだ、1日ですぐに書き上がるならこんなにギリギリまで引っ張らないで先に上げておけば楽だったのに、と思うのは素人の赤坂さ(笑)。やっぱギリギリにならないと本気の馬力が出ないんだなぁ。

6/23-24
 雑誌「別冊漫画ゴラク」の連載マンガ『龍のおんな』第22話最終回の原作を執筆。2年間続いたこのマンガもいよいよ最終回。ラストは作画の和気先生が熱く描いてくれるといいなぁと思いつつ思いっきりテンションを上げて書いたけど、同時にいちまつの寂しさもありますね。

6/25-27
 来週の取材のための資料マンガを読む。マンガを読むのが仕事。へっへっへ、うらやましいだろう、ってホントは仕事で読んでるとあんまり楽しくないんだよぉぉぉ(涙)。

6/29
 16:00、電車で上野へ。とある料亭で小学館のマンガ家対談企画の取材3回目。記事はまだ1行も書いていないのに、取材だけはアポが取れたところからどんどん先行して予定が入ってしまうので、何だか話の中身が混乱しそうです。

7/1
 雑誌「G-Diary」の連載コラム『あの日の僕に帰りたい』第41回の原稿を執筆。資料は早々とそろえてあったんだけど、記事の参考用にと集めた5本ほどのビデオソフトを見る時間がなく、書く直前になってあたふたと見ることになってしまった。
 ふっふっふ、しかし僕には倍速での音声再生可能なスペシャルなVHSデッキがあるのだ! ジャーン!! と思ったら、そのカンジンの倍速機能が故障していた。な、なにぃぃぃ!? 仕方なく通常再生で見る。所要時間8時間(!)死んだ......バタッ。
 それにしても、一時は5台もあったビデオデッキが次々と故障。現在はVHS2台とベータ1台しかなくなってしまった。これが故障したら困るなぁ。

7/3-5
 手塚治虫公式サイトのコラムの取材で、福島県の会津若松を訪問。こちらも詳しくは後日、別エントリーで報告します。

投稿者 黒沢哲哉 : 22:46 | コメント (0) | トラックバック

2010年3月25日

大林宣彦監督の叙勲パーティなど

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[ マンガ原作 , その他の仕事 ]

2/11-20
「別冊漫画ゴラク」の『龍のおんな』第18話の原作を執筆。

3/1
 雑誌「G-Diary」の連載コラム『あの日の僕に帰りたい』の原稿を執筆。

3/4-10
 昨年と一昨年に書き下ろしで刊行されたミリオン出版の『死刑囚の慟哭』『死刑囚の絶叫』が、4月に合本されて再刊されることになった。そこに新たに1話、新作を追加で書き下ろすことになり、その原作を執筆する。

3/8
 13:30、柴又駅で手塚プロ・プロデューサーのI藤さんと待ち合わせ。次回、手塚治虫公式サイトの連載コラム「虫さんぽ」第9回の取材で、今回は柴又を歩くのだ。手塚治虫と柴又の関係は!? という取材の内容は4月1日公開予定のコラムをお読みいただくとして、昨日までの雨も止み、天気も良く、なかなかの取材日和だった。

3/11-18
「別冊漫画ゴラク」の『龍のおんな』第19話の原作を執筆。

3/14-17
 手塚治虫公式サイトの連載コラム『虫さんぽ』第9回の原稿を執筆。

3/16
 17:00、珍しくネクタイをして家を出る。今日は新宿の京王プラザホテルでパーティがあるのだ。パーティのテーマは「大林宣彦監督の旭日小綬章受章記念」
 昨年秋の叙勲で監督が上記の章を受章されたのをお祝いして行なわれたもので、ぼくもお呼びいただいたのである。
 大林監督とはもう10年以上ごぶさたしているので(映画館の舞台挨拶等で、遠くからお見かけはしているが)楽しみ!

20100316.jpg 18:00、会場に着いて受け付けをすると、「舞台で挨拶をお願いできますか?」と言われてしまった。ええ~~~っ!? ざっと見渡しただけでも、テレビや映画で見知っている芸能人や女優や監督や作家がザクザク居並ぶところで、ぼくがですか? と思ったが、大林監督の集まりなんだから断るわけにはいかないでしょう。

 会場に入ると、映画評論家の野村正昭さんの姿を発見! 知らない人ばっかりだったらどうしよう、と思っていたのでホッとする。野村さんとは20年近く前、フィルムアート社から『ワンス・アポン・ア・タイム・イン尾道』という大林監督の尾道映画の単行本を共著で出したことがあるが、お会いするのはもう10数年ぶりである。
 さらにしばらくすると、映画監督の小中和哉くんや手塚眞くんなども来てにぎやかになり、ひとり孤独に立ち尽くすという心配は杞憂となったのでした。

 さて、モンダイの舞台挨拶であるが、これは大林監督のお考えで、できるだけ多くの人に挨拶をしてもらいたいということで、なんと100人くらいの人がステージに上がって挨拶をしたのだった。手塚くんや小中くんは「映画監督」として挨拶をし、ぼくは「ジャーナリストや評論家の皆さん」というカテゴリで、他の人5~6人の方と一緒にステージに上がった。そこで大林監督と恭子夫人と握手をし、1分ほどの祝辞を述べさせていただいたのだが、内容は緊張して覚えておりません。「大林監督の映画『HOUSE・ハウス』との出会いが、今の僕の原点です」みたいなことを言ったように思う。ホントは野村さんもここで一緒に挨拶をするはずだったんだけど、先に帰られてしまったようでした。
 ちなみに手塚眞くんは、大林監督の映画『ねらわれた学園』にキテレツな高校生の役で出演していたから、舞台挨拶では久々にそのときの役柄の演技を再現していて場内の笑いを誘っていたのだった。

 それにしても著名人が大挙して集まったとても華やかで豪華なパーティで、およそ400人の人が出席されていたという。大林監督、本当におめでとうございました!!

3/18-20
 小学館から4月15日に創刊される新雑誌「GAKUMAN plus(ガクマンプラス)で創刊号から2号連続で伝記マンガの原作を書かせていただいている。その第2号用の原作を執筆。

3/22-25
 ミリオン出版の雑誌「ザ・タブー」の原稿を執筆。

投稿者 黒沢哲哉 : 20:29 | コメント (0) | トラックバック

2009年11月 8日

手塚治虫ファン大会2009を観覧、TENBAのPCバッグ

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[ マンガ原作 , その他の仕事 ]

 愛用のバッグの話、手塚治虫ファン大会観覧、『龍のおんな』コミックス第1巻発売など

11/02
 雑誌「G-Diary」の連載コラム『あの日の僕に帰りたい』第33回原稿アップ。
 すぐに小学館の学習図鑑のラフ作成に移る。

11/04
 午後、電車で新宿都庁前へ。某事務所で打ち合わせ。

 打ち合わせ後、徒歩で新宿へ出てお買い物。駅前の歩道橋から西口ロータリーを見渡すと、ロータリーの真ん中に突き出た、あの巨大な換気塔がツタに覆われているのに気がついた。

20091104a.jpg まだ西口にこんなに高層ビルが林立する前は、新宿西口といえばこの巨大な換気塔がランドマークだったんだけど、そういえば最近あまりそっちに目がいかないなぁ、と思ったらこんなことになっていたのねん。

 ところで買い物というのは、愛用しているバッグの肩ひものパッド部分がスリ切れてしまったので、その肩パッドを探すのだ。

20091104b.jpg すでに10年以上愛用しているバッグ。しかし肩パッドさえ何とかすればまだまだ使えるのだ。

20091104c.jpg ということでヨドバシカメラで買ったのがこれ。カメラ用品メーカーエツミのショルダーパッドE-6107(税込み882円)。片面がグレー、片面がブラックのリバーシブルになっていて、最大8cm幅のバッグにまで対応している。もっと幅広のパッドもあったけど、常に重いものを入れてるわけでもないので、このくらいのさりげなさが良い。

 さて、紹介が遅れたが、↓↓↓コチラが僕の愛用のバッグTENBAComputer Traveller P-415。購入時の価格はおよそ2万5000円だったが現在は廃番となっている。上にも書いたけど、すでに10年以上愛用している。

20091104f.jpg
 TENBA(テンバ)というのはアメリカのカメラバッグメーカーで、プロカメラマン御用達のヘビーデューティーなバッグを作ることで有名なメーカーだ。かつては銀座の銀一というプロカメラショップでしか扱っていなかったが、現在はカメラ用品メーカー・エツミが日本の総代理店となっており大型量販店や通販でも簡単に購入できるようになった。

 ぼくが初めてTENBAのバッグを買ったのはおよそ30年ほど前の1980年ごろのことだ。一眼レフカメラに凝っていた当時、5万円ほどもするプロ用の大型カメラバッグを購入した。そのバッグは豪雨の鈴鹿サーキットでWSPCの取材中に使用したこともあったが、バッグはズブ濡れになっても内側には全く水が浸入せず、以後、その防水性や耐久性には全面的な信頼を置いている。
 ただ、このバッグは雨の後の乾燥が充分じゃなかったためか、それから半年くらいたったころからカビ臭いニオイがするようになってしまい、どうやってもその臭いが消せないので処分してしまった。残念。

 その後、別のメーカーのバッグに浮気したこともあったが、次にTENBAを購入したのは1990年のこと。
 当時発売されたEPSONのノートパソコンPC-386 NOTE Aを購入し、これを毎日持ち歩くようになったら、それまで使っていた日本製のショルダーバッグがアッという間に壊れてしまったのだ。当時のノートパソコンは重さが3kg近くあり、ACアダプターやその他の仕事道具などを入れるとバッグの総重量は常に7kg以上(!)にもなっていた。当時のビジネスバッグはそんなに重い物を入れるほどヘビーデューティーには造られていなかったのだ。
 それでたまらず「カメラバッグなら丈夫なのでは?」と思って調べると、折りよくTENBAからLaptop TravellerというラップトップPCの運用を志向したトラベルバッグが新発売されていたのだ。このLaptop Travellerは、P-415の前身となるモデルで、P-415と同様、ファスナーでバッグの幅が広げられる構造を備え、収納力もP-415と同等に優れたものだった。サイズがP-415よりも若干横長だったことと、金具に金属を使用していることがP-415と違っていた部分だ。
 ただこれはTENBAのトラベルバッグとしては初期モデルだったためか、同社のカメラバッグよりも全体的に耐久性が劣っていた。ビジネスマンのバッグの使い方はカメラマンのそれよりソフトだと思って甘く考えていたのだろうか(笑)。例えば肩ヒモの金具が金属だったことから、金具と肩ひもがスレてわずか7年ほどで肩ひもが切れてしまった。
 当時のヤワなビジネスバッグとくらべれば、7年というのは充分すぎる耐久性であるが、P-415はこの長さ調節金具も改良され、表面に梨地加工が施されたプラスチック製になったから、金具と肩ヒモが摩擦でスリ切れることもなくなった。ので、10年以上使っても肩パッドのスレだけで、本体も肩ヒモもビクともしていない。
 細かい部分では、P-415ではフタをロックするプラスチック製バックルの材質と構造が変更され、閉じるときの「カチン!」という音がかなり静かになった。仕事用バッグは静かな場所で開閉することも多いので、これは重要な改良点である。

20091104e.jpg 上の画像はP-415の内部。収納ポケットが多くて使いやすい。手帳、ペン類、ハンズフリー用のヘッドフォン、地図、名刺入れなどをきちんと分類して入れられる。ただポケットの数が多いだけでなく、例えばコンパクトデジカメ用のポケットにはクッション材が入っており、肩に掛けたまま横から手を入れて取り出せるようになっているなど、機能性も充分考えられている。A4サイズのノートPCも入る本体部分は、ファスナーで幅が2段階に変えられるので、外出先でお土産や本などを買って荷物が増えても大丈夫。また、取っ手の内側には濡れた傘を取り付けるためのマジックテープが付いている。
 唯一、残念なのは、外側にペットボトルを入れられるポケットが付いているとさらに便利なのだが......。

20091104d.jpg 上の画像は、バッグと一緒に銀一で購入した後付けの背負いひも。これをバッグのナスカンと手さげ部分に取り付けることで、本来は手さげかショルダーの2WAYでしか使えないバッグが、リュックのように背負うこともできる3WAYバッグとなる。現在これと同等の品がエツミより背負いベルト2という商品名で発売されている。


 ぼくの愛用するP-415は廃番だが、現在は新シリーズとしてTENBA メッセンジャーバッグシリーズが発売中だ。その中でP-415と同等の使用に向くのは下記のメッセンジャーバッグ Lである。色は黒のほかに茶色などもある。ヘビーデューティーなPCバッグやビジネスバッグをお探しの方は、ぜひ検討候補に加えてみてください。

B00110GARUTENBA メッセンジャーバッグ L ブラック 638-231
TENBA

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11/07
 電車で渋谷へ。今日は、ここ数年、恒例となっている手塚治虫ファン大会に参加するのだ。会場は公園通りの先のシダックスホール。開場30分前に到着するとすでに熱心な手塚ファンが集まっていた。

20091107.jpg そして13:30開演。社長と手塚眞氏の挨拶のあと、元虫プロスタッフだった方々が座談会形式で思い出話を語ったり、手塚ファンによる手塚マンガの研究発表などがあり、実にアットホームな集まりだった。今回は、手塚ファンと手塚プロが共同で作り上げていく手作りのファン大会がコンセプトなのだそうだ。時間も、前回や前々回のように朝から夜までという長丁場ではなく、午後から始まって夕方までと、ちょうど良い時間だったように思う。
 また、昨年、一昨年にくらべて若い人が増えていたように感じられたのもうれしかった。
 ところで毎年恒例の手塚治虫カルトクイズだが、今年は何とか6問目くらいまでは正解し、30人くらいまでは勝ち残ったんだけどそこで撃沈してしまいました。クヤシイ。
 上の画像はタイムテーブル表と、プレゼント抽選会のクジ券。そして全員に配られた記念ピンズ。抽選会は残念ながら今年もハズレでした。

 閉会後、ファン有志の皆さんの集まりにお招ばれしたぼくは、東武ホテル地下の居酒屋へ移動。そこで20人ほどのファンの皆さんと、今回ゲストで壇上に立たれた元虫プロのスタッフの皆さんらと一緒に二次会。こちらでは、さらにディープな手塚ネタで大いに盛り上がったのでした。

11/07
「別冊漫画ゴラク」で連載中のマンガ『龍のおんな』のコミックス第1巻がようやく発売になり、我が家へも見本の本が届いた。本当は6月に発売する予定だったんだけど、来年のNHKの大河ドラマ『龍馬伝』にタイミングを合わせて発売を遅らせたのだ。
 この作品は龍馬の妻お竜と坂本龍馬の激動の恋と半生を、史実にフィクションをまじえて描いたもの。当初は前後編の読み切りだったため、話はそこでいったん完結している。それが好評で連載化されたため、連載第1回目からは、再びお竜と龍馬の出会いから話を始めているのだ。つまり読み切りと連載では年代がダブっているわけで、そのままでは話がつながらない。
 だからぼくは当初、単行本化の際には読み切りを収録しないか、あるいは連載終了後の最終巻の巻末に、読み切りを別バージョンとして収録するか、と考えていた。しかし担当編集のT橋さんは「ぼくにアイデアがありますから、読み切りに続いて連載が始まる構成でいきましょう! ぜったいに面白くなりますからまかせてください!!」と自信満々で言う。そこでおまかせしたら、何と! ホントに実にスマートにつなげてくれたではないか。いや、この手法には感心いたしました。さすがです。第1巻が今月発売。第2巻は来月12月発売です。店頭で見かけたらぜひお手に取ってごらんください。

4537125225龍のおんな 1巻―坂本龍馬幕末異聞伝 (ニチブンコミックス)
和気 一作
日本文芸社 2009-11-07

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投稿者 黒沢哲哉 : 21:59 | コメント (4) | トラックバック

2009年10月17日

映画『ATOM』を観る

[コメント (2)]
[ マンガ原作 , 映画 ]

 今月前半の仕事のダイジェストと試写会鑑賞など。

10/5
 夕方、電車で新宿へ。今月10日から公開される、フルCGアニメーション映画『ATOM』のワールドプレミア試写会を観る。

20091005.jpg 上映前の舞台挨拶にはプロデューサー、監督、日本語吹き替え版でアトムの声を演じた上戸彩、テンマ博士の声を演じた役所広司、そして手塚眞氏などが出席。さらにシークレットゲストとしてホンダの二足歩行ロボット・アシモもステージに上がり愛嬌を振りまいていた。
 そして肝心の映画は......、まず絵柄だが、当初、やはりアトムの顔が面長なのが気になったが、これはすぐに見慣れた。CGも過剰な立体感や質感の表現を抑えてセル的な印象を持たせていたところが良かったようだ。ということで、ぼくの頭もオープニングから3分の1ほど過ぎたころには、すっかりこのキャラクターを鉄腕アトムと認識していたようである。
 アトムが初めて足からジェットを噴射し、自分の能力に驚きながらも、だんだんと飛び方をマスターしていくあたりの描写などは芸が細かくて実に楽しい。
 そして最も面白かったシーンは、アトムが闘技場でロボットたちと戦う場面だった。こんなシーンは昔の白黒アニメ版『鉄腕アトム』にもよくあった場面で、ロボットたちのデザインがレトロ調なこともあり実に懐かしく感じた。出来れば、昔のアニメのあの電子音による効果音も再現して欲しかったところだけど、まあ昔のアニメの視聴者だけが観客じゃないので、それは仕方ないですね。
 ストーリーは、初期の脚本ではかなりシンプルなものだったらしいが、手塚プロから、ストーリーに深みを持たせたいというリクエストを入れたらしく、努力の跡は見てとれた。ただ、オリジナルキャラクターとして登場する少年少女たちのグループの結末などは、いかにもアメリカ映画的に強引なハッピーエンドに持っていっているあたりが気になった。ストーリーや演出の工夫でもっと深みを出せたのではないかと思うとちょっと惜しかった気がする。
 オリジナルの鉄腕アトムファンにも楽しめる作品だと思うので、機会があればぜひご覧になってください。

10/06
 14:00、電車で神保町へ。喫茶店古瀬戸で「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんと『龍のおんな』第15話プロット打ち合わせ。今回分からコミックス3巻目の部分に入り新展開となるため、全体の流れなどを含めて入念に打ち合わせる。

 16:00、徒歩で小学館へ向かい、児童・学習編集局のF田さんとマンガ原作の企画打ち合わせ。

10/07-09
 昨日見た試写会を踏まえて手塚治虫公式サイトの連載コラム『手塚マンガあの日あの時』第6回の原稿を執筆。今回は前後編の2回に分けて『鉄腕アトム』を取り上げた。
 10/09、公開日直前にようやく前編の決定稿が完成。内容は、原作の『アトム』が初めて描かれた昭和26年当時を振り返るもの。手塚治虫公式サイトで無料公開中なのでぜひごらんください。
 ※下の画像をクリックすると、新しいウインドウでページが開きます。

20091011.jpg

投稿者 黒沢哲哉 : 19:11 | コメント (2) | トラックバック

2009年9月18日

青梅レトロタウン探訪、ワイドモニター購入

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[ ハードウェア , マンガ原作 , 昭和レトロ ]

9/6-13
『龍のおんな』第13話原作第1稿を執筆。当初、順調に筆が進んでいたつもりだったんだけど、8割方書き上げたところで全体を見渡してみたら......、
「な、何じゃこりゃあ~!!」
 何だか、いつの間にか、方向性が全く違う方へ書き進めていたことに気がついた。
 そこで、当初、週末だった締め切りを週明けまで延ばしてもらい、頭から書き直す。

9/14
 午前3:56、ようやく第1稿が完成。今度こそ満足のいく内容になった! メールで原稿を編集部へ送って寝る。
 一夜明けて午後、「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんから電話があり、これでバッチリOKとのこと。しかし今回は2本まとめて書き上げる予定になっているので、引き続き第14話の箱書きにとりかかる。

9/16
 早朝、車で家を出て青梅へ向かう。今日は雑誌「G-Diary」で連載中のコラム『あの日の僕に帰りたい』の取材のため、青梅のあるお店を訪ねるのだ。
 しかし途中、外環の2箇所で事故と故障車があり、大渋滞が発生している。こないだ飯能へ取材に行ったときはガラガラだったのに~。と泣き言を言いつつ下道へ。だけどやっぱりこっちも大渋滞でした。ガクッ。結局、先方へは予定より40分も遅れて到着。
 それでも無事に取材を終え、ちょっと青梅の街を散策することにした。
 この街は昔ながらのレトロな商店や建物がいまも残されており、さらにそこかしこに懐かしい手描きの映画看板が飾られていることで知られている。

20090916a.jpg こうして何気なくカメラを向けた風景にも、昭和30年代の映画看板がさりげなく溶け込んでいる。この『少年探偵団・妖怪博士』は、学生時代に板橋の名画座上板東映で見たなぁ、なんてことも思い出されます。

 また、この街には3つの博物館があります。昭和レトロ研究家でわが盟友の串間努さんが名誉館長をされている『昭和レトロ商品博物館』、赤塚不二夫の原画などが展示されている青梅赤塚不二夫会館、映画看板と昭和レトロな街並みを再現したミニチュアが展示されている昭和幻灯館
 3館それぞれ個別に見学することも可能だが、3館セット券を購入すると900円が700円になって200円お得。もちろん僕は3館とも見学しました。

20090916b.jpg 上の画像は赤塚不二夫会館の館内にある記念撮影スポットで撮ったセルフポートレート。展示台の上にカメラを置いて撮ったのでフレーミングが変だけど、そこはご愛嬌。
 ここに展示されている原画の一部は、先日、銀座の赤塚展で見たものと同じだった。ここから貸し出されていたらしい。またお会いしましたね(笑)。

9/19
 うちのメインPCには、少し前から2台の17インチモニターをつなげてデュアルモニター環境で使用していた。ところがその2台のモニターが2台とも、1か月ほど前から相次いで不調になっていた。スイッチを入れてから画面が表示されるまで5分くらいかかっていたのだ。それが、次第に10分になり、15分になり、1週間ほど前にとうとう1台目が脱落。そして今日、ついに2台目も何も映らなくなってしまったのだ。ネットで検索すると、どうやらこれはインバーターの故障らしい。
 これは新しいモニターを買わねばどうしようもない。ということで、急きょ車に飛び乗って秋葉原へ!
 UDXビルの地下に車をとめて、いつものツクモeX.へ行ってみた。希望は20インチのスタンダードサイズか21.5インチのワイドサイズ。追加条件としてはスピーカー内臓とDVI端子必須、そして文字入力がメインだからノングレア(無光沢)画面であること。だけど店に入ってみたら、何とほとんどすべてのモニターがワイド大画面になっていて、17インチとか19インチなどという今となっては小型のモニターはほとんど置いてないのだった。
 結局、21.5インチモニターの中から上記の条件に当てはまるものを見ると、安いもので17000円くらいから高いもので3万円台くらいまで。結局、価格が22000円程度でポイントが5000円付くということで値段もスペックもほぼ同じI・Oデータの21.5インチワイドと、エイサーの21.5インチワイドに絞られた。
 念のため他店も見てみるか、と道路を渡ってソフマップの方へ向かうが、モニターを買うのはツクモがいいんだよなぁ。というのは追加で1000~2000円くらい払うとドット抜け保証が付けられるからなのだ。通常はある基準以下のドット抜けがあってもメーカー保証の対象外だが、このツクモの追加保証をしておくとドット抜けの場合も1か月以内に3回までなら新品交換してくれるのだ。
 ということでツクモDOS/V館へ入ってみると、eX.にはなかったI・Oデータ社製の21.5インチワイドモニターの白が置いてあった。もういいやこれで(笑)。

20090918.jpg ということで購入したのがこれ。I・OデータのLCD-MF221XWR。本体22,800円に5年間の延長保証とドット抜けなどのパーツ交換補償をつけて25,635円、さらにポイントが5016pt付いた。最初はあと5000円くらい安く買えるかと思っていたので若干予算オーバーだったけど、スペック的には満足です。

 帰宅後、さっそくPCに接続してみた。が、なぜか画面が高解像度で表示されない。そこで画面をいったんVGAに戻してメーカーサイトから最新のグラフィックドライバをダウンロードしてアップデートしてみた。これによってアナログ接続では問題なく高解像度表示ができるようになったが、DVI接続だとワイド画面用の縦横比そのものがメニューに出てこない。かなり古いグラフィックボードなのでDVI接続でのワイド画面解像度をサポートしていないようだ。
 仕方なく、当面はアナログ接続で使用することにした。DVI接続の方が文字入力で目が疲れないんだけどな~。それにしても画面が広いのは快適です。

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2009年9月 7日

トキワ荘通り再訪と、赤塚不二夫展

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[ マンガ原作 , 食べ物 , その他の仕事 ]

9/4
 電車で高田馬場へ。手塚プロでプロデューサーのI藤さんと次回手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』打ち合わせ。次回締め切りは9月中旬。今度こそ遅れないようにしないと。

 その後、電車で池袋を経由して椎名町へ。以前、手塚治虫公式サイトのコラム『虫さんぽ・トキワ荘周辺』の取材でお世話になった商店街のK出さんにお会いする。K出さんは、地元商店街の世話役として地域振興に尽力されている方で、今度また10月に豊島区でトキワ荘関連のイベントが開かれるので、そのための資料を収集中ということで、ぼくの持っている資料をお貸しするためにうかがったのだ。
 その代わりにというか、こんな素敵なおみやげをいただいてしまった。トキワ荘通り名物 チューダーあめ!!

20090904a.jpg チューダーというのは焼酎のサイダー割りで、トキワ荘にマンガ家が集まっていた当時、マンガ家の寺田ヒロオが考案し、仲間が集まるときに愛飲していたという、トキワ荘伝説の飲み物なのだ。
 トキワ荘通りでは、数年前から、お祭りの際にこのチューダーを復刻販売して好評を得ており、そちらはもう地元では定番の飲み物として定着しているというが、最近になってそのチューダーの風味と味を再現した飴チューダーあめの販売も始めたのだという。トキワ荘周辺のいくつかのお店でのみ販売している地域限定商品だそうなので、食べてみたい方はぜひトキワ荘通りを訪れていただきたい。あめはもちろんノンアルコールなので、お子様やお年寄りにも、ドライブのお供にも最適だ。K出さんによると、寺田ヒロオさんのご子息からは、これ以外にも、トキワ荘に関連したいろいろな地域限定商品のアイデアをいただいたそうなので、いずれそれらも商品化されたらいいですね!!

 K出さんと別れて池袋へ出たので、今日こそ池袋ネオ・チャイナタウンで夕食を食べて帰ることにする。しかし北口周辺をぐるっと歩いてみたものの、どのお店がいいかなかなか選べない。いや、おいしそうなお店はいっぱいあるんだけど、小皿料理のお店とか、居酒屋風のお店ばかりで、ひとりで夕食を食べるようなお店がないのだ。
 このあたりには、ちょっとアダルトなお店もいろいろあるから、ポン引きのニイチャンには何度も声を掛けられるし、耳かきエステの看板の超カワイイお姉さんの写真を見たときには、そのアリ地獄のような吸引力に思わず足元がサラサラと崩れて落ち込みそうになったが、ぎりぎり食欲が勝って脱出に成功した(笑)。

 20090904b.jpg ということで北口周辺を歩くこと30分、結局、駅にほどちかい路地の奥のこのお店に入ることにした。欲を言えば店の造りがもっと日本離れしたところが良かったんだけど、店内をのぞくと調理しているのは日本人じゃなさそうだったので本場の味が食べられるかも、とちょっと期待。

20090904c.jpg 食べたのはターローメン(880円)。トロミのついた酸味のあるスープの中に、白菜やチンゲン菜、豚バラ肉などが入ったもの。コクがあるのに酸味がさわやかで、中華料理風の風味も生きた味で美味。これは当りのお店でした!!

9/5-6
 2話連続で原稿を上げることになっている『龍のおんな』の原作を執筆。しかし集中力が湧かず、あまり進まない。うーんうーん。

9/5
 夜、フジテレビ開局50周年記念の特番アニメ『ジャングル大帝』を見る。パンジャとレオのキャラクター設定だけを手塚治虫の原作マンガから引用し、ストーリーは完全なオリジナルだ。

20090905.jpg

©手塚プロ、フジテレビ

 日本人の実業家が海上に人工のジャングル島「ネオジャングル」を築き、そこに世界中の動物を集めて飼育展示する施設を建造しているというのが基本的な設定。まぁ『ジュラシックパーク』ですね(笑)。
 そのジュラ......じゃなくてネオジャングルに連れてこられたパンジャと、このネオジャングルで生まれたレオ。そこに日本人実業家の息子・賢一がからんで物語りは展開していく。
 賢一がなぜか動物と会話ができるという設定は物語の展開上必要不可欠にもかかわらず、それがなぜなのか、その説明がまったくなかったのが消化不良だったのと、アニメーションの動きがイマイチで、とくに動物らしい動きへのこだわりが少なかったことが残念。だけど全体的には、イマ風の設定の中に、『ジャングル大帝』の世界観をうまく当てはめていて、それなりに最後まで楽しめた作品だった。

9/7
 仕事を中断し、電車で銀座へ。ソニービル前でフリーライターのとみさわ昭仁くんと待ち合わせ。とみさわくんとは、20数年前、「週刊少年ジャンプ」で『ファミコン神拳』という企画ページの仕事をしていたときにご一緒させていただいていたのだが、会うのは実に10数年ぶりだ。とみさわくんは、ここ数年間はあるゲーム会社で仕事をしていたが、最近、またフリーになったということで、久々に再会したのだった。
 銀座で待ち合わせたのは、とみさわくんから、今日が最終日の『赤塚不二夫展』のチケットを持っているので一緒に行きませんか、とお誘いを受けたからだったのだ。
 つい先日、久々に赤塚不二夫考案の料理キャベツだけ炒めを食べたばっかりのところへ、3日前には急にトキワ荘通りへ再訪する用事ができ、さらに今日こうして展覧会のお誘いを受けるなんて、何たる偶然だろうか! いや、これは何かの必然なのかも!?

20090907.jpg

赤塚不二夫展の図録とチケット

 会場内は、今日が最終日とあって平日にもかかわらずかなりの人でにぎわっていた。赤塚不二夫というと、『天才バカボン』を評価する人が多いと思うが、ぼくにとっての赤塚マンガの原体験は『おそ松くん』であり、その生原画の展示などはやっぱり魂が震えましたね。ぼくが当時、擦り切れるまで読んだ雑誌や単行本の生原画は神々しさに光り輝いておりました。
 あと収穫だったのは、赤塚不二夫のカラー原画というのが、実はパステル調の淡い色調を多用していて実に繊細だったこと。昔の少年雑誌のカラートビラ絵の多くは光沢のある紙が使われるので、その紙に印刷されると、中間色がトンでしまってコントラストが強く印刷されるらしい。だから、生原画は、ぼくが記憶している赤塚のカラーイラストよりもずっとずっと淡い色調のものだったのだ。
 それから、赤塚不二夫より少し前に亡くなった奥様が秘蔵していたというトキワ荘時代の写真は、まさに秘蔵写真という名前にふさわしい、見たこともないものばかりで驚いた。
 展示方法にも随所に工夫が凝らされていて、それもとてもよかった。例えば入り口を入ってすぐのあたりに赤塚不二夫の略歴を紹介したパネルが掲げられているのはよくある展示方法だが、そのパネルは赤塚の誕生から壮年時代までのことしか書かれていないのだ。では晩年の略歴はどうしたのかというと、ずーーーっと展示を見てきて、ほとんど出口の近くにあるのである。入り口付近ではその前半生だけを紹介し、後半生の略歴は展示を見た後、というストーリー作りは憎い演出でした。
 あと、テレビでも紹介されていた、さまざまな有名人によるシェー写真を集めたコーナーも人気を集めていたが、中には「なぜこの人が?」という人が入っていたりして、人選の根拠が不明だったりした。

 会場では、とみさわくんとも共通の知り合いである某有名ギャグマンガ家さんとバッタリお会いした。いやー、やっぱりギャグマンガを仕事とされている方は、赤塚不二夫はしっかり押さえてるんですね。

 会場を出て、とみさわくんとルノアールで近況報告&情報交換をする。50歳を前にして、会社を辞めてフリーになるというのはかなりの決断だが、すでに若い頃にフリーとしてのキャリアも充分に持っているとみさわくんのことだから、そこは心配していない。ぜひまた一緒に面白い仕事をしましょう、ということで別れたのだった。

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2009年8月18日

マジシャンズLIVEを観覧、NHKの取材を受ける

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[ マンガ原作 , その他の仕事 ]

 打ち合わせ開始からほぼ10か月もかかっている、小学館の「学習まんが人物館」の原作にもそろそろケリをつけないといけない、というわけで、今月前半はずーっとコレにかかりきりでした。
 希望的には上旬には書き上げる予定だったんだけど、完成ならず。中旬にまでずれ込んでしまった。どうなる!!

8/8
 午後、仕事を中断し、電車で代々木公園へ。今日はここ代々木のオリンピックセンター(国立オリンピック記念青少年総合センター)で、プロマジシャン事務所ウイザードインの主催するマジックショーを観覧するのだ!

20090808.jpg 行ってきたのはコレ。プログラムはニ部制で、15:30からは、ウイザードインの所属マジシャンが総出で行なわれるウイザーズナイトというマジックライブを開催。そして1時間ちょっとの休憩を挟み、19:00からはウイザードインの看板マジシャンである緒川集人氏の単独ライブショーが行なわれた。もちろんぼくは一部二部通し券を前売りで購入。この日を心待ちにしていたのだった。
 当日はオリンピックセンターカルチャー棟の384席ある小ホールがほぼ満席となり、来場者全員に画像のような大入り袋が配られた。
 そしていよいよウイザーズナイトがスタート。昼なのにウイザーズナイトとはこれいかにであるが、実はこのウイザーズナイトという名前で毎年行なわれているライブショーには、ウイザードインの若手を育成するという目的と、ファン感謝祭というふたつの意図があるそうで、プロマジシャンたちが自分の得意とするオハコのマジックを披露するのではなく、あえて新作にチャレンジする場となっているのである。それだけに、たまにネタが多少滑ってしまったり、現象を失敗してしまったりする場合もあるのだが、それでもプロマジシャンたちが真剣に挑戦する姿や表情が見られるということで、毎回大好評なライブなのであった。
 今回のウイザーズナイトは、マンガ「デスノート」のパロディ仕立てのお話で、マジシャンが次々と謎の死を遂げるというところから始まる。そのお話の中で様々なマジックが楽しめるという展開だった。バックのスクリーンに映し出されるビデオのロケーション映像とステージの演技がシンクロする場面もあり、途中、お客さんをステージに上げる場面もあり、1時間半はアッという間に過ぎたのだった。

 ここで第二部の開始までいったん休憩。ぼくは夕飯を食べるために、いったんオリンピックセンターを出た。センターの向い側にラーメン屋があったはずなので、そこで夕食を取ろうとしたのだが......なんとラーメン屋は跡形もなくなっていた。
 仕方ないので、オリンピックセンターへ戻って中のレストランで食べることにした。セルフサービスの食堂で洋食ランチを注文。魚のフライとスープとライスで670円。まあ学食レベルと考えるとフツーの料金である。......と思ったら、な、何とこのほかにサラダバーとドリンクバーとスープバーがあって、サラダもデザートもご飯もジュースもコーヒーもスープも味噌汁も食べ放題・飲み放題なのだった。うおおっ、や、安い......!! これじゃあラーメン屋もつぶれるわな......(汗)。

 そして第二部スタート。緒川集人氏は数年前にアメリカへ移住し、現在はロスアンゼルスを拠点として活躍。2003年から3度、マジシャンズオブザイヤーを受賞している実力派マジシャンなのだ!
 今回は、その緒川さんの単独ライブということで、応援マジシャンの出演はもちろんあるが、それでも1時間半、緒川さんがほぼ出ずっぱりで様々な現象を見せてくれた。一度に10人の観客のカードを当てるマジックでは、僕もその観客の一人として声をかけられた。もちろん全員ズバリと当てたのだった。
 ショー終了後、ウイザードインのメンバーと常連さんやファンの皆さんは、居酒屋で打ち上げに向かったが、ぼくは仕事を残しているのでここで失礼した。

 帰宅後、再び「学習まんが人物館」の原作を執筆。その後もずっと原作を執筆。結局、最終章を書き上げたのは8/13デシタ。

4915906868緒川集人物語
壮神社 2004-02

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8/12
 10:30、柴又のおもちゃ博物館へ。今日はNHKの「おはよう日本」の取材があるのだ~。
 先日、このブログでも紹介したけど、銀玉鉄砲メーカーの老舗セキデンから、懐かしの銀玉鉄砲が復刻された。NHKでそれの紹介をするそうで、これを持っているマニアの人はいないかといことで、人づてでぼくに声がかかったのだった。銀玉鉄砲の紹介ならぜひ! ということで出演を快諾し、撮影は10日の予定だったのだが、あいにくの台風9号接近で延期となり、この日の収録になった。
 取材内容は、銀玉鉄砲好きな、ぼくとおもちゃ博物館オーナーのKさんが、この鉄砲で撃ち合いをして遊んだりウンチクを語ったりするところを撮影したいという。しかし実際の撮影では、事前に向うで質問が用意されていてそれに答えるだけだったので、思いのたけを半分も語れなかったのが心残りだった。あとはどんなふうに仕上がっているかだけど、放送は9月2日の朝だそうですので、また放送を見たらレポートします。

2009/06/20のエントリー懐かしの銀玉鉄砲 復刻!
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B00264UD96銀玉鉄砲 セキデン オートマチック SAP.50 (銀玉50発入)
セキデン

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8/14-17
「別冊漫画ゴラク」連載中の『龍のおんな』第12話の原作を執筆。おおまかな展開は早くに出来ていたのですんなり書けると思っていたのだが、第1稿を書き上げてみると何となくテンポが悪い。そこで担当編集のT橋さんと電話で相談。エピソードの順番が悪いのでは、という指摘を受けた。そこで展開はそのままにエピソードを入れ替えてみることにした。ということで第2稿を執筆することに。

8/18
『龍のおんな』の原作執筆を中断して電車で九段下へ。ミリオン出版のT根編集長と打ち合わせ。T根さんはこないだまで『漫画ナックルズ撃』の編集長をしていたが、現在は都市伝説とミステリーをテーマとしたマンガ誌『漫画ミブルイ』の編集長をしているとのこと。『漫画ミブルイ』は現在2号まで刊行中で、この雑誌で新たな原作を依頼されたのだ。締め切りは今月中。また締め切りが重なっている。
 なんかね、別に言い訳するわけなんだけど、毎日暑くてね、仕事がはかどらないわけですよ。もうね、今日も帰ったらきっともう疲れて仕事にならないだろうなーと思ってたら、案の定、ブログを書いたりしているわけで、ああっ、早く仕事をしなくちゃ!!
 それはそうと、移動中に小学館出版局のM山さんと電話で打ち合わせ。先日、メールでお送りしておいた『学習まんが人物館』最終章の原作がこれでOKとのこと。ついに1冊分完結となりました。ふー。

4813062814漫画ミブルイ VOL.1―身近な怪異に漫画で迫る!実話ベースの都市伝説コミックマガジン!! (ミリオンムック 81)
ミリオン出版 2009-06

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4813063055漫画ミブルイ VOL.2―身近な怪異に漫画で迫る!実話ベースの都市伝説コミックマガジン!! (ミリオンムック 5)
ミリオン出版 2009-08

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2009年8月 2日

水筒便利その後

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[ プライベート , マンガ原作 , 食べ物 ]

 先月後半から、締め切りに追われてました~。
7/3-7/12
 小学館「学習まんが人物館」の原作第4章を執筆。予定よりかなり遅れているが、作画家さんの方もお忙しいとのことで、猶予期間をいただいたのだが......それでも進まん!
 とにかく第4章を完成させてお送りし、担当編集M山さんと電話で打ち合わせ。一部修正箇所を指摘されたが、部分訂正でOKとなった。引き続き第5章へ突入だっ!!

7/7
 早朝車で家を出る。手塚治虫公式サイトの取材で東京近郊の某所を訪問。前日まで雨で翌日も雨の予報だったが、この日は快晴。暑いくらいで取材にはキツかったがいい写真が撮れた!

7/14-24
 手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』第4回の原稿を執筆。こちらも予定が押しているので急がなければならない。
 第1稿完成後、メールでお送りし、担当I藤さんと電話で打ち合わせ。今回のテーマは今月、映画が公開されて注目されている『MW』について。I藤さんは、お送りした原稿についてNGとは言われなかったが、何となく反応が芳しくなかったので全面的に書き直すことにした。その後、24日にお送りした第3稿で決定稿となる。

7/11
 仕事を中断し、夕方、電車で新宿へ。この日は手塚治虫ファン大会で知り合った手塚ファンの皆さんが懇親会を開催されるということで、お誘いをいただいたのだ。初めて参加させていただいたが、皆さん、ホントにコアな方々で、いろいろな情報も得られ楽しい時間が過ごせた。

7/27-8/1
 雑誌「G-Diary」の連載コラム『あの日の僕に帰りたい』第30回の原稿を執筆。今回は素材はすぐに集まったのだが、表現が微妙な部分が多くネタの料理に時間がかかり、3日もかかってしまった。ふー。

7/28
 所用で車で新横浜へ出かける。途中、数時間の空き時間が出る予定だったので、ノートパソコンを持参し、駐車場の車の中で仕事をすることにした。快晴で暑くてたまらなかったらファミレスへ避難する予定だったが、曇天だったのでポータブルバッテリーと12V扇風機だけで何とかしのぐことができた。
 ただ、スライドドアを全開にしていたので蚊の攻撃をかなり受けた。実は車用の網戸が夏前から製作途中の段階で止まってるんだよねー。早く仕上げないと夏が終わってしまう。




 ところで、ちょうど1年前、サーモスの真空断熱ケータイマグを購入して、今も愛用中なわけだけど、その後、新型が発売されたので、その新型との比較や、使っているうちに分かった使用感などの続報をレポートしたいと思います。

 昨年購入したときのレポートは↓こちら。
 2008/07/14:水筒便利!
 ※新しいウィンドウが1枚開きます。

20090802a.jpg これが去年購入した THERMOS(サーモス)のJMX-500メタリックブラック(左)と、JMX-350ミスティブルー。
 保温・保冷効果については、ぼく的にはこれで充分でした。おおよそ5~6時間くらいは充分な温度を保っている感じ。ただし中の液体の量が減ってくると急激にぬるくなってくるので後半は早めに飲まないとおいしくなくなってしまう。

 使用頻度は夏場で3日おきに1度くらい。冬場は半月に1回くらい。で、その間、2度内容物がもれたことがあった。いずれも熱いコーヒーを入れていた時で、入れて1~2分後に車の中で飲もうと水筒を傾けたところ、パッキンの部分からポタポタと5~6滴。
 一度目はフタがしっかりしまってなかったのか、閉じるときにパッキンの外にこぼしてしまったのだろうと思ったが、しばらくしてまた発生したので原因を徹底究明した。
 その結果、どうやら水筒が冷えた状態で熱い飲み物を入れてそのまますぐにフタをすると、密閉された中で膨張した空気の圧力でパッキンの隙間から液漏れが起こるらしい。そこで、熱い飲み物を入れたときは、しばらくフタを開けておき、水筒の温度が上がったところでフタを閉じるようにした。こうするようになってからは液漏れは起きていない。
 それから、フタのパッキン部分に臭いが付着しやすく、その臭いがなかなか落ちないという問題があることも分かった。それでもコーヒーや紅茶の臭いは使用後すぐに洗う習慣をつけて、しばらくすれば落ちるのだが、1週間たっても落ちないのが市販ドリンクの香料の臭い。スポーツドリンクを入れると、ほかの飲み物を入れてもその香料の臭いが鼻について味がマズくなるので以後スポーツドリンクは入れないことにした。香料の入った飲み物を入れる場合は専用の水筒を用意した方がいいだろう。

20090802b.jpg 一方、コーヒーはパッキンに茶色い汚れが付着し、見た目が悪い。これはもうどうしようもないので、350の方はコーヒー専用にしてしまった。

 ちなみに、ぼくがこれらを購入した後、サーモスのケータイマグの新型が発売されたが、店頭で現物を見てみると、新型はぼくの使用している旧型の欠点が改良されていてショックを受けた
 まず、フタの横に付いているプッシュボタンを押すとフタがパカッと開いて片手で飲める仕組みは同じなんだけど、旧型はフタの部分にバネのテンションがかかってないので、たまにパカッと全開しないことがあり、あらためて手でフタを持ってロック位置まで開いてやらなければならないことがあった。それが新型ではフタが開く方向にあらかじめテンションがかかっているため、プッシュボタンを押せば確実にフタがロック位置まで開いて固定されるしくみになった。これだけでもかなり便利なはずである。
 あともうひとつは、フタがカバンの中などで不用意に開かないようにする固定機構について。旧型はロックスイッチがスライド式だったため、ロックしたつもりでも固定が不完全になっていることがあった。しかし新型の固定機構は、レバーのように半回転してプッシュボタンを上から押さえる仕組みになったので、誤ってカバンの中でロックが外れてしまうことはまずないだろう。
 新型はこの2点だけでも買いですな。

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2009年6月24日

中山慶治写真展「1979年の迷宮」を観る

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[ マンガ原作 , 写真 , その他の仕事 ]

6/21
「別冊漫画ゴラク」の『龍のおんな』第10話原作第1稿を執筆。数日前から前半部分を書いては書き直しを繰り返していたが、50%を過ぎたあたりからようやく光が見えはじめた。
 22:00、ようやく第1稿が完成。メールで編集部へ送る。

6/22
 13:00、電車で高田馬場へ。手塚プロで担当プロデューサーI藤さんと、手塚治虫公式サイトのコラム『虫さんぽ』『あの日あの時の手塚マンガ』打ち合わせ。新たにスタッフに加わったO輪さんを紹介していただく。
 現在公開中のコラムでストックは消化してしまったため、早急に次の企画を進行させないといけない。さっそくいくつかの企画を同時にスタートさせることになった。

20090622.jpg

手塚プロ入り口で出迎えてくれるアトム像。
ちょっと顔が汚れちゃってますか?

 19:00、「別冊漫画ゴラク」担当編集T橋さんから電話があり、昨日送っておいた『龍のおんな』第10話原作第1稿について打ち合わせ。後半部分はこのままでOKだが、やはり悩んだ前半部分が少しもたついているということで、そこを修正すべく相談し、なおかつ、後半部分との統一感を出す構成にすることで合意した。

6/23
 さっそく『龍のおんな』第10話第2稿を執筆。今度は方向性が見えているので迷うことなく書きあがり、21:01、完成した原稿を編集部へ送る。

6/24
 13:30、電車で八幡山へ。大宅壮一文庫で手塚治虫公式サイトコラムの資料調べを行なう。目指す資料は絞られているからすぐに検索して閲覧させてもらうつもりでいたら、いつもはほとんど誰も使用していない1985年以前のインデックスを他の人が使用中で検索できない。
 大宅文庫は、1985年以降のデータは電子化されていて、何十台も置かれているパソコンで検索できるが、それ以前の資料は、数冊の冊子になっている辞書のようなインデックスを使わなければならないのだ。
 仕方ないので、しばらくボーッとして無為な時間を過ごした後、ようやくインデックスが空いたところで飛びつき、すかさず検索。すぐに資料をコピーしてもらって任務を終了した。

 16:00、新宿から地下鉄に乗り換え、四谷三丁目へ。ここで高校時代からの友人で写真家の中山慶治くんが写真展を開催中なので、見学に行った。

20090624a.jpg 写真展のタイトルは、中山慶治写真展「1979年の迷宮」。今からちょうど30年前、中山くんが日大芸術学部写真学科の学生だった21歳の時に撮影した、東京・下町の懐かしい路地裏の写真の数々が展示されている。
 いまでこそ東京下町の路地裏といえば、昭和レトロブームとも相まって街歩きスポットとして注目を集め、デジカメ片手に散歩をするという人も多いが、当時はそんなことをしている人はほとんどおらず、中山のテーマにようやく時代が追いついたというところか。

20090624b.jpg 写真を1枚1枚見ていくと、懐かしい風景と共にあのころの思い出がよみがえってくる。何しろ撮影時に、ぼくもその場に立ち会っていた写真もあるから、特にそんな写真は懐かしさもひとしおだ。
 おもにロケ地となっているのは東京墨田区の鳩の街周辺の路地。ここは今も昭和30年代のような懐かしい風景が多く残る場所だけど、30年前は、さらに昔の昭和初期から戦後すぐのころの時代の匂いさえ感じさせてくれるような、ほとんど時の流れから忘れ去られたような街だった。
 そうした戦前から終戦直後の時代の空気をイメージしながら撮影されたのが今回の写真群であり、ここに記録されているのは単なる30年前の風景ではない。30年前に中山くんがレトロ(という言葉すら一般的ではなかった)と感じた、いわば心象風景なのである。
 そして写真はすべて、あえて赤外線フィルムを使って撮影されている。赤外線フィルムで撮影すると、日中の太陽光の下では、赤いものや、青々とした木々の葉などが真っ白に飛んでハレーションを起こしたような効果が出る。またそのハレーションがソフトフォーカス効果にもなり、幻想的な、夢の世界のような効果を生むのだ。
 今回、この写真展を見せていただいて感じたのは、30年の時の流れが、彼の写真に、当時見せてもらったときとは違う新たな価値を加えているということだ。今のように誰もが当たり前に写真を撮る時代ではなかった当時、中山くんがカメラを携えてそこに出向き、その風景に何かを感じてシャッターを押した。その行為自体が、30年の時を経て、とても貴重な時代の記録(あるいは記憶)になっているのである。
 いま多くの人が大量に撮影しているデジカメ写真や携帯の写メなど。それらも今後30年の時が過ぎると果たしてそんな価値が出てくるのだろうか。

20090624c.jpg 中山慶治くん。最近は、『日本カメラ』などにも作品を発表している。
 写真展の開催期間は今週末までだけど、興味のある方はぜひ! 開催期間 28日(日)まで。12:00~19:00(最終日~16:00) 会場 四谷三丁目Roonee 03-3341-8118

参考リンク:
デジカメWatchの中山慶治写真展「1979年の迷宮」紹介記事
※新しいウィンドウが1枚開きます

投稿者 黒沢哲哉 : 23:23 | コメント (2) | トラックバック

2009年6月 4日

再訪!手塚治虫展

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[ マンガ原作 , 本、マンガ , その他の仕事 ]

20090604a.jpg 朝8:00起床。先日取材で行った江戸東京博物館の手塚治虫展を再訪する。取材の日は時間をかけて見られなかったので、いずれあらためて行く予定ではいたんだけど、何でも今日6月4日はむしの日ということで、先着300名に記念品がもらえるというのだ。だとしたら今日、行くしかないでしょう!!
 結局、昨日、遅く寝たのですぐには起きられず、家を出たのが9時過ぎ。博物館へは10時ごろに着いたのだが、それでもめでたく記念品をもらうことができた。

20090604b.jpg 記念品は、今回の手塚治虫展限定アイテムである鉄腕アトムのポストカードだった。しかも会場入り口でカードを配っていたのは、先日、取材でお世話になった学芸員のK上さんだった。お忙しそうだったので、軽くごあいさつをして、すぐに会場内へ。あっと、その前に、取材のときにK上さんがすすめておられた音声ガイドシステムアトムツアーズの携帯端末を500円で借りる。これは、この端末を首から掛けてヘッドフォンを頭からかぶり、指定箇所で指定ボタンを押すと、手塚眞氏や藤子不二雄A氏、アトム、ブラック・ジャックの声で展示のガイドが聞けるというもの。実際、使ってみると、展示の見所が分かりやすく解説されていて、効率よく見られた。特に藤子不二雄A先生が、手塚治虫の『新宝島』に出会ったときの衝撃を語る言葉を聞きながら『新宝島』の生原稿を見るなんていうのは、なかなか感動的な体験でした。これはぜひオススメです。
 手塚治虫展は6月21日まで開催されています。前回取材に行ったときより、混雑してましたから、これから後半へ向けて次第に混んでくると思われます。行こうと思っておられる方はお早めに!!

参考リンク:
江戸東京博物館「手塚治虫展」
手塚治虫.net「虫さんぽ 番外編 手塚治虫展と両国・浅草界隈」
※新しいウインドウが1枚だけ開きます。

 手塚治虫展をお昼ごろまで見学し、その後、電車で浅草へ。お腹が空いたので、浅草通りの雷門の並びにあるステーキのお店ちんや亭で、ハンバーグ定食を食べる。このお店、すぐ隣のすき焼きの名店ちんやが経営する全席カウンター式のステーキ屋さんで、高級なお肉がランチタイムには非常にリーズナブルな価格で食べられるのだ。
 10年以上前、仕事でよく浅草を通ったころには、度々寄っていたお気に入りのお店である。ただ10年前はもっと安かった気がするのだが......10年もたてば仕方ないか。
 ということで、今回は絶品のサイコロステーキはあきらめてハンバーグに。しかしハンバーグもジューシーでしっとりと柔らかく、味噌汁とサラダが付いて1200円は大満足でした。

20090604c.jpg お昼時間を過ぎたところで、ここから100メートルほど行ったオレンジ通り沿いにある喫茶店アンヂェラスへ向かう。ここも、手塚治虫展と同時に『虫さんぽ』で取材させていただいたので、ホームページの記事をプリントアウトしたものを持参したのだ。せっかくなので、お店の名前にもなっている名物ケーキアンヂェラスとダッチコーヒーをいただくことにした。このアンヂェラスというケーキは、かつて手塚治虫が愛したというもので、表面のチョコの食感と舌の上でフワッ溶ける生クリームが最高のハーモニーであった。そしてご主人からは、手塚治虫や山下清の直筆サインを見せていただいた。す、素晴らしい!!

 その後、電車で神保町へ。いつもの喫茶店古瀬戸で、「別冊漫画ゴラク」編集のT橋さんと、次回『龍のおんな』プロット打ち合わせ。「別冊漫画ゴラク」は4月から、それまでの月2回刊から月刊に変わったのだが、その結果、売り上げは伸びているそうで、まずは月刊化成功らしい。『龍のおんな』の評判も上々だということなので、あとはさらに盛り上げる方向である。

 ところで、今回は手塚治虫展に行くということで、電車の中で読む本にはコレを持っていった。

4416909233「父」手塚治虫の素顔
あいうえお館 2009-05

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 タイトルどおり息子だけが知るマンガの神様の素顔が軽妙な筆致で率直に描かれていてひとことひとこと実に興味深い。学生時代、眞くんから断片的に聞いた話などもチラホラ出てきてニヤリとしたり。マンガの神様の人間的な側面が分かる貴重な資料です。

 20:00過ぎ、帰宅して夕食を終えたところへ、携帯が鳴った。先日、ブログにコメントを書いてくれたリキである。
リキ「黒沢、いま家?」
黒沢「そうだけど」
リキ「いま、お前んちの前にいるんだけど」
黒沢「えーっ?」
 家を出てみたら何と、本当にパジェロミニでリキが来ていた。最後に会ったのは4~5年前だろうか。お互い、そんなに遠くに住んでいるわけじゃないんだけど、仕事が違うと予定も違ってなかなか会うことができず、ごぶさたしていたのだった。そこで、ぼくのコラムのために資料を借りたいというお願いをして、あらためて近々また再会する約束をした。いやー、びっくりしました。

投稿者 黒沢哲哉 : 21:43 | コメント (0) | トラックバック

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2009年5月28日 15:59 ダメージ50%回復
2009年5月 9日 00:29 35年前の東北ツーリング
2009年4月29日 20:17 お仕事ダイジェスト+α
2009年4月22日 22:17 お仕事ダイジェスト+α
2009年4月15日 21:58 お仕事ダイジェスト+α
2009年3月31日 16:46 締め切りは前髪しかない?
2009年3月25日 15:26 お仕事ダイジェスト+α
2009年1月30日 21:05 お仕事ダイジェスト
2008年12月20日 01:45 お仕事ダイジェスト+α
2008年12月 4日 23:30 お仕事ダイジェスト+α
2008年11月15日 23:42 原作1→打ち上げ→原作2
2008年11月 4日 01:20 神保町で打ち合わせ
2008年11月 1日 02:20 神保町で打ち合わせ
2008年10月 7日 20:29 締め切り4連チャンをクリア
2007年11月20日 05:32 よくもだましたなアアア
2007年9月 7日 04:19 神保町で打ち合わせ
2007年8月26日 23:18 夢伝説
2007年6月14日 02:13 雨の中、焼肉で打ち合わせ
2007年4月18日 03:56 アンダーグラウンドな取材
2007年4月16日 00:37 高砂で打ち合わせ
2007年4月10日 02:12 そうか、今日は火曜日か!
2007年3月29日 15:31 ナックルズGOLD打ち合わせ
2007年2月13日 23:31 お仕事ダイジェスト
2007年1月19日 17:09 打ち合わせのハシゴ
2006年10月24日 04:08 某出版社で打ち合わせ
2006年10月21日 04:23 取材→打ち合わせ
2006年9月26日 05:32 神保町で打ち合わせ
2006年9月24日 03:09 某青年誌のプロットを執筆
2006年9月18日 02:48 怪しい人々を取材
2006年9月13日 03:06 天才挿絵師の偉業に触れる
2006年9月12日 02:57 神保町で打ち合わせ
2006年8月31日 03:13 一歩後退二歩前進?
2006年8月30日 01:38 パソコン不調で自宅作業
2006年8月 1日 03:53 打ち合わせのハシゴ
2006年6月28日 03:58 ミリオン出版の原作を書く
2006年6月22日 03:49 神保町で企画打ち合わせ
2006年6月 7日 00:57 おもちゃ本いまだ責了せず
2006年6月 6日 02:48 ナックルズプロット執筆
2006年6月 1日 02:27 人間性を捨てて悪人を描く
2006年5月30日 02:18 さる業界の人を取材
2006年3月29日 03:05 打ち合わせ二往復
2006年3月25日 01:16 江戸川河畔の"別荘"で仕事
2006年2月 8日 01:59 打ち合わせのハシゴ
2006年2月 1日 23:02 『弁慶』第1稿を執筆
2006年1月 6日 02:31 今年最初の打ち合わせ2件
2006年1月 5日 02:35 幸先のいいスタート
2006年1月 3日 01:48 今年最初の締め切りは
2005年12月26日 05:29 『弁慶』年内最後の原作UP!!
2005年12月20日 23:32 年末進行進行中!
2005年12月13日 05:59 師走に走れ編集者
2005年12月 9日 02:10 『弁慶』プロット完成
2005年12月 8日 04:42 シロップチューチュー
2005年12月 7日 23:54 神田ビジネス街午後6時
2005年12月 1日 02:22 神保町で打ち合わせのハシゴ
2005年12月 1日 01:31 今回もエグい原稿を頼みます
2005年11月14日 05:23 人は可能なことのみ空想する
2005年11月 1日 00:04 声なき叫びをあげながら
2005年10月15日 03:49 神保町で会いましょう
2005年10月13日 23:03 徹夜で時差ボケ
2005年9月16日 02:03 新企画打ち合わせ
2005年9月15日 01:20 リイド社用プロットを執筆
2005年8月30日 03:47 何か……違うんだよね
2005年7月11日 04:29 ナイスタイミングの連絡が
2005年7月10日 03:22 図書館で借りた本
2005年4月24日 06:03 プールサイドで原稿を書く
2005年4月22日 04:24 書きあがらなかった……
2005年1月27日 06:37 自宅で仕事
2005年1月26日 17:10 自宅で仕事
2005年1月20日 20:52 神保町で打ち合わせ
2005年1月20日 20:36 大宅文庫で資料調べ
2005年1月19日 05:02 今日は仕事
2005年1月15日 04:07 ミリオン出版で打ち合わせ
2005年1月14日 05:07 今日は仕事
2005年1月12日 03:51 今日は仕事